HoYoverse

氷の内側から

「おや……早かったね、フレミネ。今回は一人で帰ってきたんだ」
「ナマエこそ、珍しいね。こんなところで掃除なんて……」
「あはは、そうかい? リネくんとリネットちゃんはまだ帰ってないし、とくに任務もないから、少しはこの館にご奉仕させてもらおうかと思ってね」
 
 言いながら、ナマエは耳心地の良い音とともにホウキを何度も滑らせている。かしゅ、かしゅ、規則的なそれは彼女がこの行為に慣れていることを示していて、フレミネはつい、その軌跡を目で追ってしまった。
 ブーフ・ド・エテの館の軒先で、彼女は「奉仕」に励んでいた。「お父様」の従者としてテイワット各地を渡り歩いている精鋭なのだから、こういった雑務はあまり得意ではないのかと思っていたが――彼女の手さばきはフレミネの予想を良い意味で裏切り、その習慣じみた所作によって、ほんの少しだけ散らかっていた軒先をさっさと片づけてしまった。まるで、兄の指先から繰り広げられる魔法を見たときのような気分だ。

「……ナマエは、こういうことに慣れてるの?」
「え?」
「あ……その、気を悪くしたならごめんなさい。ただ、ぼくが想像していたよりも楽しそうに雑用をしているものだから、気になってしまって」
「ああ、そういうことか。……そうだね、私は元々貴族のお屋敷で住み込みメイドをしていたから、そのときの習慣がまだ残っているんだと思うよ」

 だから、こういう地味な作業は嫌いじゃないのさ――使い古された掃除用具を横に退けて、ナマエはホコリを払うように手をはたく。彼女のような立場であれば掃除用マシナリーを導入することくらい容易であるだろうに、それをしないということは、習慣がついている、というのもその場しのぎの出まかせではないようだ。
 フレミネの目に、彼女の諸々はひどく新鮮なふうに映る。その流麗で献身的な振る舞いや、リネとリネットとの関わりも含めて。

「……もしかして、リネやリネットと知り合ったのも、その頃?」
「おや――どうして?」
「ナマエといるとき、リネはもちろん、リネットもとても安らいでるように見えるから……きっと、ぼくが知らない頃からの知り合いなんだろうな、と思って」

 だから、二人だけ呼び方が違うのも――そこまで言って、フレミネは言葉を切り、うつむいた。しかしナマエから叱責や追求の言葉が飛んでくることはなく、彼女はすぐにくすりと笑って、出過ぎた真似をしたかと思い悩むフレミネの疑問を肯定する。
 彼女の振る舞いからは独特の香りがした。中性的で気取ったような物言いをする反面、時おりひどく女性的な目をしているときがある――とくに、リネのことを見ているときは。
 それが友愛なのか恋慕なのか、はたまた別の感情によるものなのかなんて、まだ知り合って日も浅いフレミネに読み取ることはできない。ただ、二人の間にひどく硬くて不安定な絆があることだけは、少し離れたところから見ている、内気な少年にすら察せてしまうことなのであった。


2024/03/16

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