LOG

泣いておくれよホトトギス

 なまえ、と名前を呼べば大げさにびくつく細い肩。暗がりのなか座り込んだなまえの隣へ座りこみ、キャミソールゆえに露出した細くて白い二の腕に手を伸ばす。弾かれたようにボクを見るなまえは、その目にいっぱいの涙を溜めて弱々しく笑っていた。
 ――ボクは、ひどく胸を痛めている。

 広い広い夜空をかけながらボクはひとり思案にふける。トクサネに戻るのは果たしていつぶりだっただろうか、確か先週は自宅のベッドの世話になったと思うのだけど。――まあいい、何はともあれボクはエアームドの背に乗り自宅への帰路についている。採掘作業が少しばかり落ちついたのと、あとはここのところサボり気味だった掃除や石の手入れ、それから食材の買い出しをせねばならんと思い立ったからだ。ムロからトクサネまで飛ぶのはさすがに時間がかかるけれど、それでもどことなく気分が晴れる気がするからこの時間もあまり嫌いではなかったりする。とりポケモンにぶつかるといったアクシデントもコミコミで。
 程なくして見えてきたトクサネシティに向けて、ボクはエアームドに降下の指示を出す。エアームドも慣れ切っているおかげで着地はスムーズに済んだのだが、しかし自宅になんとなくの異変を感じてボクの足は惑うように止まった。
 ――人の気配がする。おかしい、戸締りはきちんとしたはずなのにとドアノブに手をかければ自然と開く、なるほど鍵が開いているようだ。よもやこの家にドロボウか何かが入ったのだろうかと、後ろにエアームドを待機させたまま部屋のなかへと足を踏み入れる。時刻はもう夜の10時をまわっている、真っ暗な部屋のなかを見まわせば――そこにいたのは、小さく震えた女の子ただひとりだったのだけれど。
 ボクを見るなりダイゴくん、と力なく名を呼ぶ、彼女の名前はなまえという。ボクの、いわば幼なじみのような子であり、そしてひどく愛おしく思っている女の子だ。コンテストアイドルとして晴れ舞台に立つ彼女は、檜舞台でこそ強く気高い女性であるが、ステージを降りればただのか弱い女の子。もろくて、弱くて、みっともなくて、膝を抱えて不安と戦う、健気でかわいそうな「少女」なのだ。
 そしてボクは荷物も何も放り出してなまえのもとへと駆け寄った、それが冒頭の一節だ。ボクの姿をとらえたなまえはその大きな瞳からこれまた大粒の涙を流し、縋るようにボクの体へ倒れ込む。あいたかったと言う声は、涙まじりでもちゃんと届いた。
「よしよし、もう大丈夫だよ。……なまえ、今回はいつから来てたの?」
「う、ッ……昨日、から……」
「昨日!? 困ったな、何も食べられるものなんて――」
「いら、ない、っ……」
 何かを探しに行こうとしても、なまえはボクから離れようとしない。ただひたすら声もあげずに泣き続ける姿がかわいそうで痛ましくてなおかつひどく可愛くて、ボクもボクでどうにかなってしまいそうだった。大丈夫だよ、こわくないよ、そう繰り返せばしゃくるように跳ねる肩だけは少し大人しくなる。
 なまえは何も言わない。こうなったときはいつもそうだ。お酒でも入れば比較的なんでも話してくれるのだけれど、こうしてキャパシティオーバーに陥ったときはただただ涙を流し続けて胸のうちを晴らそうとする。怖い、つらい、さみしい、哀しい、疲れた、いやだ、そんな人として当たり前の気持ちを言葉として発する術をこの子は持っていないのだ。
 だから――だからこそボクは泣いてほしい。なまえに、他でもないボクのこの腕のなかで泣きわめいて欲しかった。それがボクだけの特権であることを願って、ただただボクだけを頼るようにと、それはもはやのろいのようなものであるのかもしれないけれど。
- ナノ -