LOG

ふたりの笑顔とにほんばれ

数年後、同棲設定

---

 うずたかく積み上げられた、まっさらな洗濯物の山。近づけばふんわりと柔軟剤の香りがして、清潔感のあるそれになんだかこちらも胸の内が爽やかになる。もちろんそれは毎朝服に袖を通すときも同じで、いつもきっちり管理してくれるなまえさんの努力の甲斐があってこそのことなのだ。
「ありがとう」なんてひと言じゃ足りないしあわせを、毎日こんな、何気ないことからぼくはあの人にもらっている。これをしあわせと呼ばずして、果たして何を幸福と定義するのだろうか。
「いい匂いだよね、エレザード」
「レレレレーイ」
 丁寧にえりまきをたたんだエレザードも同じように柔軟剤の香りを堪能しているようだ。リラックスしきった顔はひどく可愛らしく見えて、ぼくはそのまあるい頭を撫でる。ぼくの手つきに気を良くしたのか、エレザードは満足げに目を細めながら身を寄せてきた。
 昼下がりのぽかぽか陽気に照らされて、ぼくはリビングの窓際でうつらうつらと夢心地である。なまえさんがそばにいる日々はなんだかひどく心が安らいで、特に休日はどうにものんびり気分が抜けず、日中通してとろんとしたまま過ごしてしまうのだった。
 親元を離れて数ヶ月。ミアレから出ることこそなかったものの、長く共にした両親や妹、みんなのポケモンたちと離れて暮らすことに不安がないわけじゃなかった。大丈夫かな、うまく生きていけるかな、野垂れ死にしたりしないかな、悪い想像は後から後から湧いて出てくる。ずっと実家で暮らすわけにもいかないとわかってるくせに一人暮らしを恐れたぼくへ、救いの手を差し伸べてくれたのがほかでもないなまえさんだった。
 彼女は実家と絶縁状態であり、プラターヌ博士の研究所に住み込みで働いているといつだったかに言っていた。さすがにずっとお世話になるわけにもいかないし、もしよければあたしがお供しましょうか、そうおっしゃったなまえさんは当時のぼくには救いの神にも等しく。二つ返事でお願いしますと答えて、そして続いた今日である。
 かつてはぼくが憧れるばかりだったけれど、今のぼくたちは正真正銘の恋人同士。そんなぼくたちが共に暮らすことを咎める人はおらず、むしろプラターヌ博士やぼくの父は率先してぼくたちの同棲手続きを進めてくれたため、言い出してから1週間と経たずぼくと彼女とポケモンたちの同棲生活が始まった。実家に比べれば不慣れなことばかり、ゆえに不便や不自由はあれど、大好きな人と共に過ごせる毎日はぼくに優しい気持ちをたくさん与えてくれていると思う。
 なまえさん、そう呼べば彼女は振り返る。今は洗濯物のほつれを直していたのだろう、裁縫のことになると彼女の手先の器用さは最高潮へ達する。目にも留まらぬ速さでぼくのシャツは新品同然になり、なまえさんの目もなんだか爛々と輝いていた。
「どうしたんです? 何かありました?」
「あー……いいえ、ただその。……なんとなく、呼んでみたくて」
 ごめんなさい。
 そう言えばなまえさんは高速で首を横に振り、構いませんよ大丈夫ですよむしろバンバン呼んでくださいその分あたしも呼び返しますからとマシンガントークをぶつけてきた。こういうときのなまえさんはひどく愉快で、もちろんぼくはそんなところも大好きだ。
 和やかに過ぎる時の狭間、ふとなまえさんのロトム――トーマスが目の前を横切った。ピピピ、ビビ、ザアザア。独り言をつぶやきながら不規則な軌道を描くプロトム図鑑が部屋のなかを飛びまわる。彼女を目で追いかけているうち、ぐるぐると目をまわしてしまったぼくは手をつく暇もないまま体をふらつかせて倒れ込んだ。結構な勢いで倒れたにも関わらず目立った痛みや衝撃はなく、はてどうしてだと目を開く前に鼻腔をくすぐる柔軟剤の香り。ぱちぱちと数度まばたきすれば視界に広がるのは、やわらかくもほんのりあたたかい白、白、白で――
「うわっ、わわわ、ご、ごめっ、ごめんなさいあの――」
「ふふ、いいえ! ぜーんぜん構いませんよ、それよりも早く起きてください。シワになっちゃいます」
 にじるようにこちらへ寄ったなまえさんが、ぼくの手を引いて起こしてくれる。小さく謝罪を伝えればなまえさんはにっこり笑い、ぼくの頭を撫でてくれた。
「元々はあたしのトーマスが原因ですしね。それに真っ白な洗濯物に埋もれるシトロンくんはまるで地上に舞い降りた天使――」
「黙るロト! アウト!」
「ひぎゃっ」
 ぺちん! とトーマスがなまえさんの頭をはたく。決して乱暴な手つきではないけれど図鑑のからだだけあって見た目よりも痛そうだ。しかしなまえさんはトーマスを叱るどころか謝罪の言葉を繰り返しており、よくわからないままぼくは首を傾げる。
 ――まあでも、ケンカにならないならいいか。腑に落ちないような心地を感じつつも、じゃれあうふたりの姿を見ながら、ぼくは耐えきれず吹き出した。


今日の×××:取り込んだばかりの洗濯物の山にダイブして怒られる
#同棲してる2人の日常
https://shindanmaker.com/719224

20170424
- ナノ -