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ナマコ武士

「んーーー、ぶぅ!」
「ぶっし!」
「ぶし? ぶしぶし! ぶぅぶぅ! ぶ――」
「……何をやってるんだ?」
 背後から聞こえてきた謎の二重奏に、カキは深くため息を吐きながら振り向いた。何をやっているのか、そう尋ねられたなまえはぺかりと顔を輝かせながら笑う。
「見てわかんない? ナマコブシとお話してたんだよ!」
「……わかるのか? こいつの言ってることが」
「ぜーんぜん!」
 なんにもわかんない! そう言ってけらけらと声を上げて笑うなまえになんとなく毒気を抜かれて、カキもまたつられて顔をほころばせた。先ほど拾ってきたらしいナマコブシもなまえと同じくまっすぐカキを見つめてきていて、出会ったすぐにしては息ピッタリだなと、それもまたカキの笑いのツボをゆるゆると刺激する。
 そうか、そうかとしみじみ繰り返す様は決して諦め混じりではなく、あっけらかんとしたなまえの姿にあてられたようでもある。突然ナマコブシをつれて部屋を訪ねてきたときはどうしたものかと思ったが、その疑問も今はもうどうでもよくなってしまった。
 天才とはかくあるものとでも言うべきか、なまえは頻繁に突拍子もないことを繰り返す。常人には理解できない、いわば奇行というほどぶっ飛んではいないが、よくよく考えると異常とでも呼ぶべき彼女の生き様は、ひと言で言うとしたら人を選ぶ。カキだってきっと幼なじみでなければ、否、彼女を愛していなければきっと受け入れがたいものだっただろう。このご時世にはなかなか受け入れられにくい「天真爛漫」を地で行くその気質を、まさかこれほど愛おしく思えるだなんて10年も前には考えもしなかっただろうな。
「カキもやる? なんか楽しくなってくるよ」
「……おれはいい。見てるだけで充分だ」
「そっかー!」
 カキに断られてもなまえに嫌な顔をする様子はなく、再びナマコブシとの会話――もとい、交信を再開した。なんとなく気分がノってきたのかもしれない、ナマコブシもなんだか楽しそうにぶしぶしと同調しながら鳴いている。
 奇妙なようで心地よいBGMに浸りながら、カキは窓から覗く高い空を見上げて「明日も天気は良さそうだ」とひとりごちるのだった。
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