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学校帰り、夕日岸

 ある日の夕暮れ、場所はポケモンスクールからほど近い海岸の片隅である。オレンジ色の夕日に照らされるキャモメたちが上空を飛び交い、静寂をかき消してはいれどそれは決して喧騒ではなく。穏やかで心地よい鳴き声をBGMに佇んでいたのは、それぞれ左手首にZリングをはめたポケモントレーナー2人。
 かたやまるで炎を身に宿したような燃える出で立ちの少年で、浅黒い肌に赤い水着を着用しており、パートナーと思しきバクガメスを穏やかな目で見つめている。かたやもう1人の少女は対極とでも言おうか、ゆるくまとめた長い黒髪に水着とパレオを身に着けた姿は小麦色の肌も相まって南国に暮らす人魚のようである。ほのおとみず、赤と青、寡黙さと陽気さ。対称的ではあれど拒否反応の類が起こるようには見られない。何故ならばこのアローラのさざ波のごとく、または燃える夕日のごとく、2人の間に流れる空気がとても優しげで暖かいからだ。
 あのね、とバクガメスを撫でる少女が口を開くと、一方の少年は顔をあげて少女のほうを見やった。
「ほんと、カキのバクガメスってすっごく可愛いよね」
 ぴとりとバクガメスに抱きつく様は言葉通りのように思う。一般的に見てあまり「可愛い」と形容されるビジュアルのポケモンではないが、それでも少女は至極いとおしそうにバクガメスに触れては微笑んだ。恐らく持ち主が持ち主だから、という要因もあるのかもしれないが、少なくとも彼女がバクガメスを愛でる言葉に嘘はなさそうである。他でもないバクガメスのトレーナー――カキが彼女の言葉を疑る様子を見せないからだ。
「なまえは本当にバクガメスが好きだな」
 呆れたような口調であるがカキの表情は誇らしげだ。Zリングを賜るほどのトレーナーならば抱く矜持もそれなりであり、そして種別はどうあれ自身のパートナーを褒められるのは悪い気などしない。ありがとうと素直に言わないのは聞き慣れているのか照れ隠しか、それとも2人が気の置けない仲であるからなのか、恐らくそのどれもである気がするのは、2人の間にある絶妙な距離感のせいだろう。
「カキは? カキはあたしのラプラス、好き?」
「ああ。よく育てられているし、気質も穏やかでいいポケモンだ」
 ほんと!? と瞳を輝かせるなまえに、カキが綻ぶように口元を緩ませた。
 かつて2人で島巡りを行ったときからのパートナー。バトルもライドもこなすなまえのエースポケモン・ラプラスは、歌うことを愛する彼女にとってこれ以上ない1匹だろう。水辺で遊ぶラプラスもまた、喜びを乗せて静かに歌を紡いでいる。
 やったやった、とバクガメスに飛びついては歓喜の色を見せるなまえが、ふとカキに向き直ってさらに質問を重ねた。
「じゃああたしのことは!?」
 不意をつかれたのだろう、盛大にむせて咳を繰り返しながらカキが言葉を返す。
「……なんでお前の話が出てくるんだ」
「いいじゃーん! 教えてよお」
 ねえねえ、教えて、ねえねえ、何度も何度も訊ねてくるなまえはどうあっても引き下がらない。粘られたときのしつこさもよく知るカキは、ひとつ大きな深呼吸をする。
「――あたしのこと。好き?」
 先ほどとは打って変わってひどく落ち着いた声色で訊ねるなまえが、夕日を背にして立っている。オレンジと青のコントラストがやけに眩しく感じたのか、ぐっと目を眇めながらカキはゆっくりとなまえに近づいた。女性らしい柔らかな両肩に触れるカキの手つきは、無骨な見た目から想像もつかないほど優しかった。
「…………幼なじみ、だからな。まあ、そういうことだ。そうだろ」
「? ……あっ、ごまかした!」
 もう! とむくれるなまえをかわしてカキがバクガメスをボールに収める。代わりに出てきたのはライドポケモンのリザードンで、曰くそろそろ家の手伝いをしなければならないのだと言う。
 リザードンに乗り、手綱を引いて構えたカキがなまえに手招きをする。送ってやるよ、そう言えば先ほどまでのむくれた姿はどこへやら、夕日にも――太陽にも負けない笑顔を見せて飛びついた。
「えへへ! カキ、だーいすき!」
「……ラプラス、ちゃんと戻してやれよ」
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