LOG

しのびよるノクターン

「――いっけぇ、オシャマリ! “アクアジェット”!」
「かわせ――ッいや、“ホネブーメラン”で軌道を逸らすんだ!」
 大きく飛び跳ねたオシャマリが、全身に水の鎧をまとってカラカラへと突撃する。夕日のオレンジを身にまとい空高く飛び上がるオシャマリの“アクアジェット”は、ただひと目だけでその練度の高さが手に取るようにわかった。カラカラでは追いつかないだろうと判断したらしいカキは、ならば少しでも軌道を逸らしてダメージを減らそう、あわよくば避けられるだろうとすぐさま作戦を立て直す。イチかバチか側面から“ホネブーメラン”を当てる賭けに出たものの、しかしあと一歩作戦はうまくいかず、直撃こそ免れたが結局カラカラは膝をつくはめとなってしまった。
 なまえとオシャマリがその一瞬を見逃すわけがない。間髪入れずに放たれたトドメの“バブルこうせん”を喰らって、カラカラは戦闘不能に陥った。
「やったーーっ! だーいしょーうりー!」
「……いけると思ったんだがなあ」
 飛び跳ねて全身で喜びを表すなまえは、めでたく勝利を飾ったオシャマリを抱き上げて笑う。満足気な様のオシャマリだって決して無傷というわけではなく、よく見るとあちらこちらに細かな傷が見て取れた。
 出会ってからもう5年ほどが経つけれど、カキとなまえの2人はいつだって互角の勝負をしていたし、それを証明するように戦績は48勝48敗3引き分け、今回も“アクアジェット”が決まっていなければおそらく勝敗は最後までわからなかっただろう。オシャマリを抱えたまま陽気に歌うなまえを横目にくすりと笑うカキもまた、カラカラを抱き上げて労いの言葉をかける。そうしてまた今日も2人でポケモンセンターへの道を歩き始めるのだった。
「カキのカラカラ、もうすぐ進化するかな」
「うん? ……そうだな、そろそろ頃合いかもしれない」
「だよね! そしたらさ、ファイヤーダンスももっともっといーっぱい踊れるかな!」
 あたし、カキのファイヤーダンス大好き! 恥ずかしげもなくまっすぐに好意を伝えられては、たとえそれがダンスに対するものであろうとも戸惑いは隠せなかった。頬をポリポリと掻きながら不器用な礼を伝えるのが今のカキには精いっぱいで、けれどなまえはそれを不躾だなんだととらえる様子もなくただ笑っている。――そういうところが、カキはひどく好きだったのだ。
 そうこうしているうちに2人はポケモンセンターのドアをくぐり、ジョーイさんへ傷ついたカラカラとオシャマリを預ける。かたや戦闘不能、かたやすり傷だらけという状態ではあったが、回復にそれほど時間はかからないだろうと優しく伝えられて2人は同時に深い息を吐いた。おそらくバトル自体がそれほど激しいものではなかったからなのだろう。
 待ち時間はどうしようか、カラカラのことは心配だからあまり時間をとらないのならここで待っているのだけれど、しかし牧場の手伝いもあるのだから暇を持て余すのはもったいない、それがカキの率直な意見だった。一方のなまえはじっと待合室の時計とカレンダーを交互に眺めていて、やがて何かを思い出したらしく大きく肩を跳ねさせた。
「たいっへん、忘れてた!」
「何か用があるのか?」
「外れにあるバーのおじさんにね、ショーで歌を披露してくれって頼まれてたの! それまでに打ち合わせしとかなきゃだったのに!」
 オシャマリが治ったら行かなきゃ、そう言って居ても立ってもいられない様子でなまえはそわそわと落ち着きなく中央のモニターを見つめている。聴覚は放送に集中させているのだろう、カキは無理に話しかけることはせずただなまえの姿を眺めていた。夕日はもう8割がた沈んでいて、窓の向こうの薄暗さがなまえの不安や焦燥を煽る。
 そろそろ1人ででも飛び出しかねないと考えたらしいカキが、何かなまえの気を引くものをと辺りを見まわし始めたのとほぼ同時だっただろう、回復を知らせる独特のメロディが流れたのは。
「おまちどおさま、お預かりしたポケモンは――」
「ありがとうジョーイさん! ッじゃあカキ、あたし行ってくるね!」
 ジョーイさんの柔和な笑みや慈愛に満ちた言葉を遮りながらオシャマリのボールを受け取り、そしてすぐさま鉄砲玉のように駆け出していったなまえ。みるみるうちに小さくなる彼女の背中を、カキにはただ呆然と見送ることしか出来なかった。

続きます
- ナノ -