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たぐるラプソディ

 どれほど歌い続けたのだろう。体はどんどんと火照り、気分が高揚していくのがわかる。もっと、ずっと、何度でも歌える、そんな錯覚を抱くほどにあたしの心身は高ぶっていた。
 目の前にいるのは先ほどのケンタロスとミルタンクの夫婦だけではなく、あたしの歌に引き寄せられたと思しきギャラリーたちがたくさん増えている。兄弟そろってやってきたらしい数匹のヨーテリー、その子の親なのか少し立派な体躯のハーデリア、のんびりと聞き入ってくれているドロバンコ、近場に立ち寄っていたらしいオドリドリの群れ。積み荷の上に立つあたしの目に映る景色はもうさっきみたいな閉じられた世界なんかじゃない。ここからどこへでも繋がれそうな、広くて固くて無限の可能性にも似た何かがうかがえた気がした。
 ――うたいたい、あたし、もっともっと!
 再び大きく息を吸う。ここにいるみんなに、そしてまだ見ぬ誰かへと伝えたい、そんな想いを込めてまた新しい旋律を奏でてみせる。それはいつしかに教わった、運命たるものを引き寄せる強さと力を願うための歌。
 ほかでもない「あなた」に会いたいのだと、心の奥を震わせる導きの歌だった。
「――ぶも」
 ふと顔を上げたケンタロス。見張り番の役目を怠らない彼はずっと気配を探ってくれていて、ポケモンがここに近寄るたびあたしたちにそのことを教えてくれた。今度は誰が来るのだろう、淡い期待に胸を躍らせながらあたしは歌い続けていたのだけれど、程なくして現れた2人組が今までとは一風変わっていて思わず口を閉じてしまった。
「こんどはカラカラと……あっ、おとこのこだ!」
 否、むしろ興味が彼らへと移ってしまって歌っている場合ではなかったのである。
 やってきたのはカラカラと男の子が1人ずつ。歳はあたしとあんまり変わらないのかな、海の民の村でもあまり見かけたことがない程度の色黒で、顔つきはちょっとだけ厳しそうだけどなんとなく泣きそうな顔もしてて。赤と黒のツートンカラーをした髪の毛はまるで炎が燃えているみたい、あたしとは正反対だね。
 曰くこの子はここにいるポケモンたちみんなと顔見知りで仲良しで、一緒にやってきたカラカラはこの子の大事なパートナー。そしてあたしの名前を知っていて、しかもあたしの家族に頼まれてあたしを探しに来てくれたらしかったのだ。
 優しいポケモンも優しい人もいるオハナタウン。こんなにもあったかい場所なのに帰りたいなんて言ってごめんなさい、ここはとってもいいところだったんだね。心のなかで謝罪をしながら、あたしはカラカラと男の子――カキに手を引かれて帰路に就く。
 また明日ここに来よう、そう約束してくれたカキ。カキはこのオハナ牧場の子らしくって、日頃から牧場のお仕事をたくさん手伝ってるそう。オハナタウンと牧場を行き来するうちに野生ポケモンともたくさん知り合って、ゲットこそしていないけれど色々話すようにもなり、牧場はもちろんのこと、この辺りはカキ曰く「庭も同然」であるらしい。あたしは海の民の村からほとんど出たことがなかったからお外に詳しいカキがすっごく格好良く見えて、なぜだかお母さんが口を酸っぱくして言っていたことが頭をよぎって首を振る。陸の人に恋をする、なんて、そんなお母さんの言う通りになんかならないって、ずっとずうっと思ってたのに。
 けど不思議だね、明るくいれば良いことが起こる。そのことが早速証明されてしまったの。迷子のあたしを助けてくれた、いわばあたしの王子様がいま目の前に現れていて。カキ、そう小さく呼べばなんだ、と足を止めて返される。何でもないと言えばカキは再び前を向いて歩き出し、けれど強く強く手を引かれるあたしは俯いた顔を上げられずいた。カラカラがあたしを心配してくれていたけれど何も言葉が出てこなくて、どうにも逸って仕方ないこの胸は全然静かになんかなってくれない。さっきまで平気で抱きついてたのに今はもう繋いでいる手が燃えてるみたいに熱くって、あれ、あたし、どうしてこんなことになってるんだろう。
「――どうしよう」
「うん? こんどはなんだよ」
「あ、えっと……その」
「……? つかれたのか? もうすこしでかえれるから、がんばれ」
 ぎゅう、と手の力を強くするカキは、けれど足を速めることなく慎重にあたしのことを連れ帰ろうとしてくれているようだった。ありがとう、やさしいね、そう伝えればカキは顔を赤くしてぶんぶんと首を振っていた。その姿がなんだかおかしくてあたしもちょっとだけ気が抜ける。相変わらず触れあった手は熱いままだけれど、さっきまでとは打って変わって、なんとなく「しあわせ」だと思えるようになっていた。
 ――あたしの歌っていた「運命をたぐる歌」。それにあなたが引き寄せられただなんて、そんなことを少しだけ考えたの、どうか気づかないでほしい。
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