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ぼくたちのオーバーチュア

 おれはこの荒野さながらなオハナタウンで生まれた。
 ブーバーたちほのおポケモンに囲まれて育ったおれがほのおポケモンを好きになるのはごく当たり前のことだと思うし、ガラガラと馴染みある生活を送っていたこともあってそこからファイヤーダンスに興味が移るのも自然なことだと今なら思える。アーカラ島にはヴェラ火山という聖地たる場所もあったためその関心は日に日に燃え盛り決して消えることはなく、いつしかおれはファイヤーダンスを極めたいと幼心で思うようになっていた。
 そして、その朧気な夢が決定的な意志となったのは、ある出会いがキッカケだったと思う。おれがまだ5つか6つのとき、近所にある家族が引っ越してきたのだ。
 海の民の村から来たというその一家は父母娘息子という至って一般的な家族構成で、おれの家とは違ってみずタイプやフェアリータイプのポケモンを多く住まわせているようだった。オハナタウンは荒野の町、そんなところにみずタイプのポケモンを連れてきて大丈夫なのかと訊いたことがあるけれど、そんなヤワな育て方はしちゃいないとにこやかに一蹴された覚えがある。しかしその言葉通りこの家のアシレーヌやプクリン、グランブル、ネオラント、ミロカロスは逞しくオハナタウンやこの町の気候に馴染み、みずポケモンたちは水槽が手放せないながらも健やかに日々を過ごし続けている。
 前述した決定的な出会いとはこの家族の愛娘とのものだ。初日から探検と称して家を飛び出したらしい彼女は、しかし方向音痴なため道に迷って帰ってこれなくなる可能性があるのだと言われ、かくして同い年かつ周辺に詳しいおれが彼女を探す役目に抜擢されたのだ。与えられた情報は「なまえ」という名前、黒い髪に青い目の女の子であるということ、そして歌が大好きなこと。それだけわかるならなんで大人に行かせないんだ、人使いが荒い、面倒くさいだけだろう大人は不公平だとぶーたれたことを覚えている。――もっとも、今ではこの選択に感謝すらしているけれど。
 そしておれはカラカラを連れてまずオハナ牧場を訪れた。理由は色々あったけれど、やはり家から程近いこととおれ自身行きつけの場所であったことが大きいだろうか。エサを運んだりケンタロスの点呼をしたりと手伝いをすることもあったし、言わばおれの庭である牧場におれの足は自然と向かう。
 野生ではあれど顔なじみのヨーテリーやドロバンコに挨拶しながらずんずんと迷いなく進んでいたものの、程なくして抱いた違和感におれは首をかしげた。野生ポケモンの数が少ない。いつもならそこかしこからミルタンクたちが顔を出していたというのに、この日はあまりみんなの顔を見なかった。愛想よく付き合ってくれる野生ポケモンたちはおれの友達に他ならず、いつもおれを見つけては駆け寄ってきてくれるみんながいないことに幼いおれはひどく不安を覚えた。どうして、そう誰にあてたわけでもない言葉がもれる。カラカラの表情もどこか暗い。いつしかおれは目的を忘れ辺りをきょろきょろと見回しながら宛もなく走り続けていた。もしかすると何かの事件に巻き込まれたのだろうか、スカル団に悪事を働かれたのかもしれない、心ない人間に傷つけられたのか、乱獲の餌食にでもなったのか。込み上げる焦燥感と涙に挫けそうになったとき、おれの耳にどこか心地よいメロディが滑り込んでくる。――歌だ。
(だれだ……?)
 聞き覚えのない声、聞き覚えのない旋律、感じたことのない気持ち。おれは誘われるように音を手繰っては草むらを進む。カラカラも警戒心を抱いている様子はなく、むしろ声に夢中となっておれより前を行っていた。まって、そのひと言を絞り出した瞬間おれは草むらを抜けて開けた場所へたどりつく。やけに眩しいような気がして目を細めた、その先にいたのはおれのよく知るミルタンクやケンタロスと――
「こんどはカラカラと……あっ、おとこのこだ!」
 おれとそう変わらないくらいの女の子。ウェーブがかった黒髪をひとつにまとめて、シンプルな青いワンピースを身にまとっている。澄み切った水色の瞳におれを映すとにっこりと笑い、そしてこんにちは! と朗らかに話しかけてきた。
「あなた、このカラカラのおともだち?」
「え? ああ、うん、そう。……カラカラだけじゃなくて、ミルタンクも、ケンタロスも、ここにいるやつはだいたいそうだ」
 集まったミルタンクたちはまるでおれの言葉を証明するかのように、おれの姿を見つけた途端に身を寄せるわ舐めまわすわと親愛の証をこの子に見せつけていた。すごいすごい! ほんとだ! と無邪気に喜ぶ女の子は腰かけていた積み荷から降り、おれのそばへと駆け寄る。
「おうた、うたってたらね。みんなきてくれて、それでなかよしになったの」
「! あのうた、きみがうたってたの?」
「そうだよ! いっぱい、いーっぱいうたってたんだ。きづいたらみたことないところにきちゃってたけど、みんないてくれたからさみしくなんかなかったよ」
 ポケモンってすごいね、と笑うこの子はひどく楽しそうだった。不安を消すような太陽の笑みになんとなく胸が高鳴るのを感じる。気のせいだの気の迷いだのと雑念を振り払うために首をぶんぶん振ると、カラカラとこの子が似たような顔をして心配そうにおれの顔を覗き込んできたのがなんだかひどくおかしかった。
 おれが笑うと2人も笑い、ほかのポケモンたちにも笑顔がこだましていく。いいな、こういうの。ほっとひと息ついたところでおれはここに来た目的を思い出し、この子の特徴が捜索を言い渡された「なまえ」に酷似していたことにやっとのことで気づいたのだ。
「きみ! ……もしかして、なまえ?」
「わ! どうしてしってるの?」
「きみのかぞくにたのまれたんだ、まいごになってるかもしれないからって!」
 はやくかえらないと! よく見ると日は少しずつ落ち始めていて、これから気温も下がるし凶暴なポケモンやトレーナーがやってくる可能性は高まるだろう。
 先ほどまでの恥じらいはどこへやら、おれはなまえの手をとって歩き出す。野生ポケモンたちに別れの挨拶をすればなまえとカラカラもおれの真似をしてバイバイと手を振っていた。また明日来よう、そう言えばなまえは大きくうなずく。
「そういえばあなたは? あなたのおなまえ、なんていうの?」
「おれはカキ! ここのぼくじょう、おれんちなんだ」
「そうなんだ!」
 なまえは再び飛び跳ねながらすごいすごいと連呼している。海の民の村――ポニ島から来たのだから牧場が物珍しかったのだろう、忙しなくあちらこちらを見回すなまえは目を離すとすぐにどこかへ行ってしまいそうで、おれがちゃんと見ておかないとと幼心に思ったことを今でもはっきりと覚えている。つないでいる手の力は自然と強くなった。
「……ふふ」
「なんだよ」
「あたし、ここにきてよかった」
 アーカラじま、オハナタウン、すっごくいいとこ!
 そう言って抱きついてくるなまえにおれの胸は再び高鳴り、そんなおれたちを呆れたようなつまらなそうな目で見るカラカラの目つきがひどく印象的だった。
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