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矛盾の、「矛」

 ――そんな不純な動機で島めぐりをするもんじゃないと、この気持ちを知った人にわたしはそうして嘲られるのだろうな。
 それでもなんとなく、否、それすら受け入れてしまう気がするのだ、わたしは。アローラ地方はアーカラ島の空へ高く突き刺さるヴェラ火山へ、旅の成功を祈りながらわたしは目を閉じる。傍らでわたしの足に擦り寄るカラカラもまた、恭しくヴェラ火山へ頭を下げていた。
 わたしの出身はコニコシティだ。アーカラ島の南西に位置する、磯の香りが漂う石畳の街。美味しい料理屋さんやしまクイーンの経営するアクセサリーショップなど、小さな街ながら商いが発展していることもあってあまり不便することはない。わたしはこの街が好きだ。暖かくて、海の気配が心地よくて、どこか厳かな空気をまといながらも決して静まり返ることない、活きているこの街のことが本当に大好きだった。
 そんな、離れ難い故郷からわたしが飛び出たのはもちろん島めぐりのためということもあるのだけれど。……実はもう少し、よこしまで浅ましい訳があったりする。
「よい、しょっと――はー、やっぱ山道は険しいねえ」
 山頂までの登山路を進みながら、わたしは大きく息をつく。元々ここいらを生息地としていたカラカラはわたしとは打って変わってけろっとしており、むしろわたしを気遣うように足元の小石を払ったり平たい道を探してくれたり、さながらじめんポケモンの本領発揮といったところか。この小さな体によくもまあそれだけの体力があるものだ、わたしはしみじみと感心する。ありがとう、そう言って手持ちのがらつきポケマメを渡せば飛んで跳ねて喜んでいた。はあ、むじゃきで本当にかわいい。
 カラカラの頭をひとなでして、わたしはぐっと背を反らしながら幾分か近づいた山頂を見る。燃えたぎる灼熱の温度がここまで伝わってきそうなほどに圧倒的な存在感と神聖な空気を思い、なんとなくお腹のそこが震えたような気がした。緊張している? もちろんだ。その要因はヴェラ火山に限らないけれど、おそらくわたしは今、11年という短い人生で一番緊張しているのではなかろうか。理由は――そう、この先で待ち構えるアーカラ島のキャプテン・カキさんにある。
 ――あれは3ヶ月ほど前のことだったろうか。お母さんのお使いでオハナタウンを訪れたときのことだ、やけに大きな荷物を抱えた緑髪のお姉さんと、それを助けるように荷物をひょいと抱え上げた軽装のお兄さんをわたしは見かけたのである。ベタベタ、というほどでもないけれど親密そうなふたりの様子を見るに、それなりに親しい仲であることはひと目でわかった。
 とてもにこやかに、そして穏やかに話し込むふたりの横を通り過ぎたわたしは、本当に“なんとなく”気になって後ろを振り返ってしまった。刹那、ばちんと音でも立てたようにわたしはお兄さんと目が合う。陽の光を一心に浴びたような、焦げるようにたくましい褐色の肌でひときわ目立つ三白眼は、きっと見る人が見れば畏怖を感じるような見てくれであるだろう。現に彼自身のまとう空気は高潔とでも思えるほどで、張り詰めたような何かを持っていたと思う。
 ――なのに。否、だからこそ彼はわたしにぎこちなくも微笑んでみせたのだろう。他人に怖がられないように、萎縮させないようにと、我が身を客観的に見たがゆえの対策であり、それはもしかするとある種の自己防衛かもしれない。とにかく、鋭い眼光を宿した瞳がやわく緩んだその瞬間を、まるでスローモーションのようにわたしの脳髄がとらえた。
 そのときだ。わたしの脳天へ、打ちつけるようなかみなりが落ちたのは。
「……ほんと、じいちゃんに怒られそう」
「カララ?」
「んーん、何でもござーいません」
 思い立ってからは早かった。暇を見つけてはオハナタウンへ通い、彼がアーカラ島のキャプテンのカキさんであるということ、一緒にいたお姉さんも同じくキャプテンのマオさんであったこと、ヴェラ火山やスーパーメガやすに行けはカキさんに会えること、なにより「島めぐり」は彼に会うための絶好のチャンスであることを、執念深くリサーチした結果、わたしは理解してしまったのである。
 ならばどうするか? 当たり前だ。一刻も早く島めぐりに出る、それしかないだろう。悲しいかな、当時はまだ誕生日を迎えていなかったためにわたしは島めぐりに出ることが出来なかったのだけれど、先日ついに11歳という映えある年齢へたどり着けた。そして旅立って早3日、わたしはまっすぐヴェラ火山を目指して――からの、そう、今日である。
 正直勝敗はどうでもいい。ただあの人に会えるだけで。会って、話して、バトルして、たとえキャプテンと島めぐり参加者としての立場でも構わないからあの人のなかにわたしという存在を確かに残していきたかった。そう、まずはそこからだ、それがスタート地点に他ならないもの。うまくいくかはわからないし、この先に何が待ち受けているかも知れないけれど、ただわたしは、今日という日に、彼との歴史においてのスタートラインを発ちたいだけで。
「……うわ、もーすぐだ」
 そうこうしているうちに山頂はもうすぐそこ、というところまで迫ってきていた。心臓は早鐘にも等しい。要因は火山の熱のみならず体は火照り喉はかわいて、生唾を飲み込んでは大きく息を吐いている。
 ――頑張らなくちゃ、わたし。そのために歩いてきたんだもの。そのために、カラカラと頑張ってきたんだもの。たとえ不純な動機だろうと、貫き通せたらそれはきっと胸を張れる「信念」になるはず。
 息を吸って、吐いて。もう一度、火山の少しだけ煙たい空気を胸いっぱい吸い込んだあと、わたしは意を決してぬしの間へと足を踏み入れた。


リクエストボックスより、「カキに恋い焦がれる話」でした。
焦がれ成分が少ないような気もしますが、リクエストにお答え出来ていたら幸いです。
リクエストありがとうございました!
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