Fire Emblem

心がえがく君のこと

「セテス様、今日は何のお話を書いていらっしゃるんですか?」

 書庫への道中、ふと半開きの扉が目に入ったのはいつもどおりの昼下がりのことだ。興味本位で中を覗いてみると険しい顔で執務机に向かうセテスがいて、ナマエはさらなる興味をむくむくと芽生えさせたのち、半ば衝動的に室内へ足を踏み入れる。
 もちろん、今の彼が仕事に励んでいるわけではないことだけはわかっていた。なぜなら険しさのなかにある種の楽しさ、もしくは快感に似た何かを感じているように見えたから。
 言いようのないその感情はナマエにも覚えのあるものゆえ、邪魔をしてはいけないとも思ったのだけれど……なんとなく、今のセテスは決して自分を拒絶しないという確信に似た何かがあった。だから臆することも躊躇うこともなく、自然と声をかけられたのだ。
 ナマエに気がついたセテスは、机にかじりつくような視線を上げて彼女を見る。

「ナマエか。よく私が寓話を書いているとわかったな」
「お顔を見ればなんとなく。あ、いえ、セテス様がわかりやすいとか、そういった意味ではなくて」
「ああ、言い直さずともよい。わかっているよ、これには君にも覚えがあることだろうからな」

 静かに筆を置いたセテスが、じっとナマエの顔をうかがう。彼の瞳は時に恐怖を与えるものであったけれど、最近は少しだけ優しさを感じられるようにもなってきた。なぜなら自分が彼に恐怖を感じていたのはただ彼が未知の存在であったからで、つまり距離が近くなって、彼のことをなんとなくでもわかるろうになった近頃は、前ほど萎縮することもなく普通に話すことができるのである。
 ナマエと、セテス。この二人の組み合わせはなんとなく頓珍漢なようにも思えるが、しかし寓話や話をつくる、いわゆる創作の方面で少しの共通点を持っていた。少し前にはセテスの書いた話に些細な助言をしたり、小さな挿し絵のようなものを描かせてもらったこともある。
 今までナマエにとって芸術や創作というのは現実逃避の一環であり、けれどもその反面ひどく大切な趣味でもあった。何かをしっかり完成させる、完遂させるということを彼女はひどく苦手としていたけれど、セテスと共に創作に励むなかで、少しずつ“完成させること”の喜びを感じられるようになってきたのだ。
 最初はほんの数文字の物語、ほんの数秒の鼻歌、または落書きのような絵だったけれど、それでもナマエにとって、小さな“完成”のひとつひとつは彼女に自信というものを取り戻させていった。そのきっかけや活力を与えてくれたのが他でもないセテスであるのだ。

「今日は……家畜化された子ねずみの話だ。先日市場のほうで見たものでな、フレンが可愛いと言ってなかなか離れなかったのだよ」
「あ……じゃあ、フレンちゃんとの思い出をお話にしているんですか?」
「いや、どちらかというと題材にしているのは君だな。あの子ねずみを見たとき、なんとなく君のことを思い出したものだから」
「え、あ、あたしですか!? あたしなんかが、そんな……いいんでしょうか」
「もちろんだとも。フレンも納得していたよ、確かに君に似ていると」

 むしろ、近しい人間の君を題材にしたおかげで、いつもより筆が乗っているくらいだ――。
 そう言うセテスの顔はいっそう柔らかく微笑んでいるように見えて、ナマエは羞恥と歓喜と罪悪感の狭間、ふにゃふにゃと顔を緩めながら笑うのであった。

20201116

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