Pokemon

かがやく虹色

ポケマスエピソードイベント「黄金色に輝く未来」ネタバレ注意

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 きっと、心のどこかで触れることすら恐れ多いと思っていた。「いつか出会える」と信じながらも、否、だからこそ、今のぼくは手を伸ばせば簡単に届くそれを、積極的に求めることができないでいる。
 長年憧れた伝説のポケモンを前にして、萎縮していないと言えば嘘だ。何年も追い求めたチャンスが目の前にあるというのに、このぼくは情けなくもひるんでいる。その程度は、何も言わずに佇むホウオウが、無言のままぼくにプレッシャーをかけているのではないかと思ってしまうほど。そんなわけないとわかっているのに。
 たくさん修行を積んで、正しき心を持てるよう努力して。後ろめたいことなんて何にもないはずなのに、ぼくはなぜだかホウオウを前に、足元がじりじりと焼けつくような感覚を覚えている。たとえるなら、この黄金色の炎にじっくりと、骨の髄まで焼かれんとしているような――


「マツバ、ホウオウさまにお会いできてよかったなあ」

 ぼくが思考の渦に飲まれそうになっていたとき、鈴を転がすような、優しくて可愛らしい声が響く。――ナマエだ。ぼくが視線を落としているのを察したのか否か、彼女は出し抜けにそうつぶやいた。
 しみじみとした表情は彼女が時おり見せる大人びたそれで、この顔を見るたびにぼくは言いようのない底知れなさを感じる。まだまだ幼気なはずの彼女が見せるこうした一面が、ぼくたちが今までいっさい交わることのない道を歩んできたことを、強く突きつけてくるからだ。

「それは……喜んでくれているのかい?」
「あたり前やろ〜? うち、マツバのがんばってるところ、ずーっとちかくで見てたんやから」

 くすくすと笑いながら、ナマエは光り輝くホウオウに目を向ける。彼女の虹色の瞳が黄金色の光を映して、より一層のかがやきを放っていた。ひどく複雑で稀有な色合いは、彼女の瞳の色に魅せられた、あの日のことを思い出させる。

「このホウオウさまは、うちがおせわになったホウオウさまとは別のおかたやけど……すんごく優しそうなお顔してるのは、うちの知っとるホウオウさまとおんなじやね」

 ナマエの言葉に、果たしてホウオウはいったい何を思ったのか。ぼくにそのすべてを読み取ることはできないが、それでも、二人のあいだに横たわる空気が和やかなものであることくらいはわかる。
 ぼくと違って、ナマエにいっさいの畏怖はなく。きっと敬意を表している。彼女はある一定の距離を保ったまま、まっすぐとホウオウのことを見つめていた。ひどく澄んだ色だ。

「なあ、マツバ。つぎにホウオウさまととっくんするんっていつ?」
「え? ああ……そうだね、ちょうど今から始めようと思っていたところだけど」
「じゃあ、うちも一緒にみてていい? 二人がどんなことするのか知りたいんよ」
「それはもちろん」

 ぼくが快諾すると、ナマエははんなりとした笑みを浮かべてぼくたちのことを見る。幼げなくせにやけにしんちょうな素振りを見せる彼女は、時としてこのぼくにすら何も読み取らせてくれない。
 別にそれを責めるつもりはないが、淋しく思うことくらいは許してほしい。彼女の秘密や謎を目の当たりにするたび、保護者としてのぼくは少しだけ暗い顔をするのだ。

「マツバ、大丈夫やよ。ホウオウさまはめっちゃやさしいし、きっと、マツバのこと大好きになってくれるから」

 諭すようなナマエの言葉が、優しくぼくの背中を押す。
 ……見透かされている。ぼくのなかに静かに存在するある種の畏怖が、きっと、ホウオウとのあいだに無駄な距離をつくっているのだろう。
 ホウオウはぼくにとって長年の憧れで、目標で、ある意味での終着点だった。ホウオウに会いたくて今まで努力を続けてきた。厳しい修行にも耐えた。けれど、その夢が叶ったからといって、それで人生が終わるわけでも、何もかもを捨てるわけでもない。ぼくの人生は、修行は、これから先もずっとずっと、まだまだ続いていくはずだ。
 目の前で佇むホウオウは、確かにずっと焦がれてきた伝説のポケモンであるけれど……今はぼくのバディーズであって、それ以上でもそれ以下でもない。
 このホウオウはぼくのことを選んでくれた。ぼくのことを、認めてくれた。このパシオという島のなか、共に研鑽を積むパートナーとしてぼくを見出してくれたのだから、その気持ちにはきちんと応えなければいけない。今更おくびょうになってどうするのだ――

「きみは……本当に、いつもぼくを助けてくれるね」

 ナマエの言葉は、いつも優しくぼくに寄り添う。また彼女に気づかされた。また、彼女に救われた。
 ぼくはナマエのまあるい頭を撫でて、素直な感謝の気持ちを伝える。ナマエは何のことだとでも言いたげに、くすぐったそうに笑っていたが。

「うち、マツバのやくに立てたんかな。……せやったら、めっちゃうれしいな」

 むじゃきな笑顔を湛えてじゃれつくナマエを、さっきよりも激しく撫でくりまわしてやる。ふわふわの髪の毛に触れると自然と心が落ち着くので、ぼくとしてもこの子の頭を撫でるのはとても好きなのだ。
 ぼくたちの様子をうかがいながら小さく鳴いたホウオウは、さっきまで目に映っていたそれとはまったく違い、慈愛に満ちた表情で見守ってくれているように見えた。


2022/04/29

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