細氷に光る懐刀

待っていてね

ネタバレ注意

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「セテス様、お願いがあるんです」

 ファーガス神聖王国がフォドラを統一してから、おおよそ十年の月日が経った頃だった。
 出会ったときからいっさい風貌の変わらない、今となっては義父のような存在である彼に、ウィノナは粛々として申し出る。子煩悩である彼ならばなかなか断りづらいであろうことを、どうしても頼みたかったからだ。

「……聞くだけなら聞いてやろう」
「では、単刀直入に。……私にセテス様の血を分けてほしいのです。このままだと、私はいずれフレンの目覚めに立ち会えなくなるでしょうから」

 言いながら、ウィノナは傍らで眠る幼子に――年齢だけならウィノナの数倍も年上であるが――に目を向けた。すう、すう、穏やかなようでもどかしそうな寝姿の眠り姫は、規則正しい寝息を立ててすっかり寝入っていた。
 フレンは、つい一節ほど前から昏々と眠り続けている。

「フレンの事情に関しては、私なりに噛み砕いて理解しているつもりです。だからこそ、私は何度だってこの子に『おはよう』を言ってあげたくて」

 セテスとフレンの正体については、彼らと共に生きることを決めたときに聞かされた――というよりは、半ば無理やり聞き出したようなものなのだが。
 だからこそ、ウィノナはおのれがあくまでただの人であること、それにならった寿命しか持ちえないことを悩んでいた。このままでは自分だけが先に息絶えることとなる。……そんなこと、あってなるものか。
 自分はこの娘を幸せにしてやると、ずっと一緒にいると決めた。この笑顔を、安らかなる寝顔を守ってやりたいと思いながらここに立っているのに、それがおのれの人種ゆえに叶わなくなるだなんて、なんと歯がゆいことか。
 彼に血を分けてもらえば、きっと自分の寿命は人のものではなくなるはずだ。その件についてはベレトの父、ジェラルトの例もある。確実なものではないかもしれない。けれど、可能性があるのなら。

「……後悔しないか?」

 ウィノナの考えを汲み取ってか、セテスは決して無理に止めるような真似はしなかった。
 フレンと共に過ごすということは、すなわちそこにはセテスの姿もある。つまり彼とももう長らくの付き合いになるわけで、きっとセテスもウィノナの気質や性格について、それなりに理解してくれているのだろう。
 彼女が何の下調べもなくこんなことを言うなんて、それこそ有り得ないことであると。

「今更ですわ。悔やむことがあるとすれば、恐怖に怯えてあの子の傍にいられないことのほうです」
「……私の力は随分と弱まっている。竜に成ることもできないし、ともすると何の効力も得られない可能性だってあるぞ。最悪の場合、君の中にある十傑の血と反発して、むしろ寿命を縮める結果となるかも――」
「承知のうえで申し上げておりますから」

 ウィノナの藍玉の目は、セテスのどんな言葉にも揺らぐ素振りを見せなかった。

「私は、いつまでだってこの子の目覚めを待っていたい。“もう一度”を重ねながら、そうして、いつかこの子が眠ることを恐れなくなる日がくればいいなと思っています」

 まっすぐに見据えながら言うウィノナを前にして、とうとうセテスは何も言わなくなってしまった。傍らの愛娘の頭をそっと撫でながら、相変わらずの気難しい表情を少しだけ緩めて、うなずく。

「君の覚悟は理解した。……すまないな。私たちはどうやら、君にひどく長い月日を付き合わせてしまうようだ」
「あら、そんなことはすべて承知のうえですわ。あなたがたに付いていくと決めた日に、それについてはくどいほど話し合ったでしょう」
「はは……そうだったな」

 肩をすくめて笑うセテスは、程なくして咳払いをし、また無愛想なそれを被った……ように見えたが、最後の刹那、とびきりの“父”の顔をして微笑む。

「ありがとう――と、言っていいのかはわからないが、君がフレンの傍にいてくれることに、私はとても感謝しているよ」


2022/11/09
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