楽しそうな白と赤 | ナノ

窓の向こうは白く染まり、男女が楽しそうに腕を組んで歩いていた。
それを普段なら羨ましくは思わないが、今日がクリスマスイブだと考えるといつもと心持ちは穏やかではない。
それでもやはり羨ましいとは思えず、この妙な心情を無理に説明するならば「憎たらしい」だろうか。
彼等はこれから予約したお店に入って、ちょっとリッチな食事を楽しむのだろう。
夜景が綺麗だなんていいながら楽しげに食事をする二人が浮かび、思わず溜息が零れた。
その夜景はクリスマスを家族と楽しむ訳でもなく、恋人と甘い一時を送るでもなく、仕事に縛り付けられた大人の血と涙で出来ていると知らないで。
リッチな食事なんていらないけれど、それをプレゼントされて嬉しそうにはしゃぐ恋人が隣にいるというのは羨ましい。
俺は冷え切った缶コーヒーを飲み干して、
「やっぱり羨ましいんじゃないですかぁ悠太さん」
と、呟いた。
ああ、羨ましい、羨ましいとも!
どうせ俺はクリスマスイブだというのに、始末書と残業なんて素敵なプレゼントをいただいてデスクと楽しいデートの真っ最中ですよ!
大声で吐き出したい衝動を抑えて、溜息をつく。
怨むべきはこんな聖なる夜に残業をプレゼントした上司だろう。
そのきっかけを作った後輩は上司に散々絞られたようで、どうにも責める気にはなれなかった。
俺が連帯責任で一緒に残業することになったと告げると、申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げた後輩の姿を思い返す。
彼にだって一緒に過ごす予定を立てていた相手くらいいただろうにと考えると、やはり少し可哀相に思えた。
携帯を開き、祐希から連絡が入っていないことを確かめる。
救いなのは祐希も仕事だということだろうか。
どういう訳か、祐希は今年のクリスマスを随分と楽しみにしていた。
雑誌の特集を見ながら楽しげに計画を練る祐希に、
「ねえ悠太、クリスマスは絶対開けててよ」
と、何度念を入れられただろうか。
それなのに先週から祐希の職場では急に雲行きが怪しくなり、一昨日はとうとう残業が決まってしまった。
そして俺も予定にはなかった残業を強いられることとなり、今年のクリスマスは兄弟揃って仲良く職場で過ごす羽目になったのだった。
今朝、家を出る直前の祐希の残念そうな顔を思い出す。
仕事を終えたら迎えに行くからと言われたが、果たして俺と祐希のどちらが先に解放されるだろうか。
連絡が入っていないところを見れば、祐希もまだ職場にいるのだろう。
本当は俺も迎えに行ってあげたいのだがこちらもまだかかりそうだから、それは叶わないかもしれない。
俺はふわふわと雪が舞い降る窓の外に溜息をつき、空缶をごみ箱に捨てた。
休憩ばかりもしてられないので、いい加減デスクに戻らなければ。
握り締めていた携帯を胸ポケットにしまい込み、休憩所を後にする。
どうして、祐希はあんなにクリスマスを心待ちにしていたのだろう。
うんうんと頭を捻り、
(そうだ、今年は初めて二人きりで過ごすクリスマスじゃないか)
と、あまりにも簡単なことに気付いたのは、向かいのデスクに座る後輩の泣きそうな顔を見てからだった。
今朝の祐希の顔が重なる。
ああ、やっぱり早く終わらせて迎えに行かなくちゃ。
俺は落ち着かせるように笑って、「あともうちょっとだし、頑張ろうか」と、後輩に缶コーヒーを差し入れた。


全てが片付いた時には、これからデートをするにはすっかり遅い時間だった。
後輩は何度も頭を下げ、ありがとうございましたと礼を述べていたが、俺が「早く帰って少しでもクリスマスを楽しんで」と促すと、もう一度頭を深々と下げて帰宅した。
誰もいなくなった部屋で一人、「疲れたなぁ」と零す。
ふと、そういえば祐希はどうなったかなと携帯を開けば一時間程前に着信が入っており、俺はしまったと立ち上がり、廊下を走る。
階段を駆け降り、警備員に鍵を預けて急いで裏口へと回れば、鮮やかな赤を纏った祐希がかじかむ手にはぁと息をかけて立つ姿があった。
耳も、手も、頬も紅くなってしまった祐希に、どう声をかけたらいいのかわからず、冷たいドアにそっと手をかける。
ごめんと謝るべきなのか、それともお礼を述べるべきなのか。
かけるべき言葉が見つからないままゆっくりとドアを開けると、祐希が嬉しそうに微笑み、
「悠太」
と、抱き着いてきた。
普段なら誰かに見られることを気にして駄目だと祐希を抑えるのだが、頬に優しく触れた手と、「お疲れ様」と囁いた吐息の温度差に頭が追い付かず、俺は祐希の背中に手を回して、
「寒かったでしょ。ごめんね」
と、謝罪するしかなかった。
「今年のクリスマス、二人きりで過ごす初めてのクリスマスだったのにね」
と、俺は残念がる。
祐希がクリスマスを心待ちにしていた理由は数多くあるのだろうが、ひとつ色の違う答えがあるのだとすれば。
ありふれた恋人たちのようにクリスマスを待ち遠しく感じたり、相手を想いながらプレゼントを用意したり、一般的という枠に溶け込んでありふれた存在でありたかったのではないだろうか。
祐希は冷たい唇をそっと寄せ、俺と熱を分かち合う。
唇の冷たさに頭がすっと冷え、俺は静かに否定した。
いや、そんなつまらないことにこだわっているのはきっと俺だけであろう。
普通ではない恋の形に怯え、満足に愛も返せない男の妄言だ。
俺は祐希の舌に自らの舌を絡め、熱を祐希へ送る。
そっと祐希は唇を離すと、
「今日は祐希サンタだよ、不可能だって可能にしちゃう男だからね」
と、不敵な笑みを浮かべた。
「サンタさんは何をプレゼントしてくれるの?」
と、笑みを返せば、祐希は俺の頭の雪を掃いながら、
「サンタはいい子にしかプレゼントをあげないんだよ。悠太くんはちゃんといい子にしてたのかな?」
と、問うた。
「先週の火曜日、当番を忘れた弟の代わりにゴミを出しましたー」
「あれ、先週の当番俺だっけ?ごめんね、悠太」
「大丈夫。祐希、あの日の朝バタバタしてたし、仕方ないよ」
「やっさしいなぁ、悠太は。そんな優しいあなたには祐希サンタがプレゼントをあげましょう」
そう言うと祐希は俺の耳を両手で塞ぐ。
きょとんとしている俺に楽しそうに笑いながら、耳に口を近付けて、
「ふたりきりの魔法」
と、祐希が囁いた。
とくんと心臓がなった頃には俺はすっかり魔法にかかっていて、あんなに近かったクリスマスソングが嘘のように遠くから聴こえ、きらきらと光るイルミネーションが雪でぼやけていく。
本当に、ここには俺と祐希しかいないように思えた。
利口ぶって、職場の裏口で何を馬鹿みたいな、と邪魔をする自分はいらない。
ただただ、祐希の魔法に騙されるだけの馬鹿な俺だけがそこにいた。
二人しかいない世界で、ありふれた幸せを享受する。
「好き」と、言葉にする前に消えかけた吐息を祐希が拾って飲み込んだ。
はらりと零れた涙が雪と混じる。
祐希に手を引かれ、泣きながら街を歩くなんて最高に格好悪いけれど、今はふたりきりなのだから恥ずかしくもないのだ。
どうしてこうも涙が溢れるのかと理由を探すが、これもきっと魔法なのだから理屈で説明なんてできないのだろう。
繋がれた祐希の手が徐々に体温を取り戻し、俺の手とよく馴染んだ。
俺は、
「そのサンタ服は家計から出したの?」
という一言を飲み込んで、
「祐希、サンタ服似合うね。かっこいいなぁ」
と、笑った。


楽しそうな白と赤

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