「止まれ!」前方約五百メートル、兵が十、二十といったところか。響かない程度に叫んで身を屈める。予定通りにことが進まないことには慣れていた。「南の兵だ」それも随分とがたいが良い。わずか十、二十といった少数でこんな北の辺地に何用なのか。ただしどんな用だろうと、俺達にとって不利益なのは確かだ。「どうするクロウ」「ジャッカルを呼んでくれ」背後のオウルはすぐに後衛に向かった。ジャッカルは飄々としているが観察力に長けた切れ者だ。程なくして目的の人物が俺の隣までやってきた。「どう見る」「厄介だなァ」「わかっている」「オイオイ怒んなよ。これだから元兵士は、…しかし厄介だ」ジャッカルは怪しく光る瞳を曇らせた。「ここからさらに北に三キロ行ったところに、今は使われていない拷問施設がある」「知っている」「先の戦いで北の軍事基地はほとんどブッ飛ばされたからな、古い施設が再稼動し始めてもおかしくない。随分と屈強そうな兵士共じゃねェか。囚われのお姫様でも助けに来たんだろうよ」「南の独裁者は身内に寛大だ」「北はもう切羽詰まってる。情報が手に入るなら何でもするさ」「…そうだな」例え女子供であろうと容赦なくその生爪を剥ぎ眼球をえぐるだろう。「移動を開始する。ここから南南東に五キロ。急ごう」元々この国は南の絶対権力者が統治していたという。そのあまりの独裁に民主をうたった北の貴族が反旗を翻したのがこの長い内戦の始まりだと聞いた。俺達が生まれるそれよりずっと前の話だ。しかし、民の自由を勝ち取るための戦で兵士以上に沢山の民が死んでいるのもまた事実だった。以前自分が仕え正しいと信じていた北の指導者の影が、記憶の中でぐんにゃりと歪んで弾けた。
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