「バダップ!」
やけに明るく通る声は静かな廊下で俺を呼び止めるには十分過ぎるくらいだった。振り返れば円堂カノンが両手を大きく振り回してこちらに走ってくる。騒がしい奴だとは思うが、それを煩わしいとは思わなかった。どうやら俺の脳は確かに毒されてしまったらしい。いや、生まれながらの病が晴れて治ったのか。どちらなのかと聞かれても、俺には答えようがなかった。

俺達チーム・オーガが現代に強制送還された翌日、響木提督は政府により逮捕された。オペレーション・サンダーブレイクに関わった軍の人間は全てエルゼス・キラードの手により世間に公表されたのだ。しかしそこに俺達の名前はなかった。提督に逆らった俺達が狭い牢獄の中から救い出されてまず始めに聞かされた事実は俺達が被害者であること。オペレーション・サンダーブレイクで過去に直接干渉した人間がいたこと・それがまだ精神の未発達な少年であったことは公表されたが、俺達の実名は勿論素性が公表されることは一切無く、またチーム・オーガの関わる80年前の記録映像・文書も全てが政府の管理下におかれることになった。俺達はサッカーを敵とした提督を敵とした政府に保護されたのだ。提督が作り上げた王牙学園は混乱を避けるため一時的に閉鎖されることになった。だからこの廊下を歩くのは、俺だけのはずなのだが。
「何故ここにいるんだ」
「君こそ!」
「俺は、荷物を取りに来たんだ」

チーム・オーガキャプテン、バダップ・スリードを始めとしたメンバー総勢11名は全員が事実上の退学処分となった。学園内でひそかに行われていた強化訓練に関わった生徒達の記憶の改変・抹消をスムーズにし、よりその後の安全を確保する為である。ただし表上は退学ではなく栄誉ある特進とし、その後の士官学校入学・卒業後の軍での一定の地位も約束されることになった。異例の待遇に学園内では大きな話題になったが、しかしチーム・オーガは元から学園内でも特別な精鋭達を集めたものだったので、とくにその実態を疑う者はいなかった。

「ああ、学校やめさせられたんだっけ」
「…そうだな」
「士官学校入学まで何してるの?自宅学習?」
「そういうことになる」
「フゥーン」
「…で、何故お前はここにいるんだ」
「ああ、俺はね!」
スカウトに来たんだ。そう言って円堂カノンはニッコリと笑った。何がおかしいのか問い掛ける気すら起きないくらいのその笑顔は、円堂守譲りのものなんだろう。面食らっている俺の腕を痛いくらいぎゅうっと掴む円堂カノンは、あんまりに円堂守にそっくりだった。
「ねぇバダップ、俺と一緒に、」
「サッカーやろうぜ、か?」
俺の問い掛けに満足するように円堂カノンはまた笑う。しかし残念ながら、そのスカウトに対する俺の答えは元から決まっていた。
「悪いが、その話は断る」
「ええっ!?なんで、」
「俺はチーム・オーガのキャプテンだ」
俺の返事が予想外だったらしく円堂カノンはぽかんと口をあけて黙りこくってしまった。ここが戦場だったら、と考える自分が不思議と可笑しい。ここは戦場ではないのだ。
「まだそんなこと、」
「当たり前だろう」
あわてふためく円堂カノンを置いて俺は歩き出す。ここで油をうっている時間なんてなかったのだ。だがしかし、それでは奴があまりに可哀相だなどと思ってしまったので一度、たった一度だけ振り向いた。まったく随分と甘くなったものだ。

「次は、敵ではなくライバルとしてオーガを率いよう」

随分と、本当に随分と甘くなってしまったものだ。口許をゆさぶる笑いは自嘲なのか、それとも。背後から威勢の良い声が響く。これから始まる毎日をひどく楽しみにしている自分がいるという事実だけが、窓から差し込む西日とおんなじくらいに赤く赤く胸を焦がした。

彼の今後についての考察とその結論について
(バダップとカノン)
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -