ぴこぴこ跳ねるポニーテールはどこか尻尾のようでもあった。僕は同じ髪型の人を他にもひとり知っているが、その人と彼はまるで違う。その口から事あるごとに出て来る孤児院が冠した名前とおんなじくらいに明るく笑う彼は少年過ぎるくらいに少年だった。

「君、イナズマジャパンの」
声を掛けたのに特に理由はなかった。しいてあげるなら、あの人と共にフィールドを駆ける彼に見覚えがあったから。
「…誰?」
当たり前の返答と共に訝しげな視線を向けられてふと気が付いた。今あの人達は遠い海の向こうにいるというのに、彼は何故ここにいるのだろう。ぐうるり一回転した思考は、いつかのあの人の言葉を連れて戻ってきた。
『FFIは代表選手の入れ替えが可能なんだよ。おちおちしてたらいつ代表の座を奪われるかもわからないんだ。悪いな宮坂、だから当分お前の自主練には付き合えない』
後半の余計な部分まで思い出して、僕は苦い気分になった。ついで彼は代表落ちしたのだろうという予測と、そんな彼に対して『イナズマジャパンの』と声をかけてしまった後悔に支配される。そうすれば僕は途端にくちをもごもごさせるしかなくなって、彼からの視線は段々暗さを増していく。何か言わなくちゃ、と開いたくちから素っ頓狂な声が跳ねるようにとひだした。
「ぼっ僕!イナズマジャパンの!風丸さんの部活の後輩で…あっいや、その、陸上時代の!サッカーはよくわからないけど、君のこと見掛けたことあって、そのだから、つい…!」
せわしない身振り手振りのオマケつきの自己紹介は、彼の目をまんまるにするには十分過ぎたらしい。しまった、と無理にあげた口角がひきつったとき、彼は盛大に吹き出した。
「もしかして、君が宮坂?」
「えっなんで、」
「風丸から聞いてるよ、陸上部のときから今でも慕ってくれてる後輩がいるって」

それから僕と緑川は随分親しくなった。体力をつけるには走り込みが一番だから、自主練習として一緒に河川敷を走ったりもした。緑川は頭が良くて、でも数学が苦手で、しっかりしているけれどおっちょこちょいで、なんだか憎めない奴だった。そうしてよく笑う少年だった。それを含め子供っぽいなァ、と思う面も多々あったが、しかしそれでも彼は不思議とどこか大人びていた。そんな彼はある日今までと違う顔で笑った。

「帰ることになったんだ」
「?帰る?どこに?」
「おひさま園に」
あはは、と乾いた笑い声が落下して沈澱する。ぬるい柔軟性を伴う諦めが僕の脳を支配していく。ああ、そっか。
「もう終わっちゃうもんね」
「…うん」
冷たいベンチに座って見たサッカーコートは随分渇いているようだった。傾き始めた日は暖かいようで冷たい。彼を繋ぎとめる義務もなければ権利もない僕は、ただ黙ってボールのひとつも転がらない冷めたグラウンドを見ていた。
「今まで有難う」
「うん」
「電話するよ」
「わかった」
とは言ってもきっと僕の持つ手の平サイズの青い電話機が彼からの着信でふるえることはこれ以降一切ないだろうな、と思った。立ち上がる緑川を目だけで追う。夕日と重なって真っ黒に塗り潰された彼は力無く言った。
「ごめんな」
その瞬間僕はとてつもなく彼を抱きしめてしまいたい気分にかられたが、それがただのお節介だということくらいわかっていた。心の内だけで泣こうとする彼の精一杯の背伸びをくじくなんて僕には出来ない。君は頑張ったよ緑川、残酷な納得の上で膝を抱える彼に僕はいつかの自分の影を見た。ああ、そうかとひとりごちる。声を掛けたのに特に理由はなかった。しいてあげるなら、ひとりフィールドを駆ける彼に見覚えがあったから。追い掛けた背中にこの小さな手では届かない。それほどに、僕らは少年過ぎるくらい少年だった。

夏にしか生きられない少年
(宮坂と緑川)



宮坂+緑川増えろー後輩コンビ!!!!!!
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