!コヨーテが売春婦


「お前は馬鹿なのか」
「馬鹿はあんただ」
長い睫毛で縁取られた切れ長の瞳は一切揺らぐことはない。ささいな路地裏から彼女を連れ戻すのは私の仕事だ。金さえ渡されればその美しい脚を容易に開く少女を人は売春婦と呼ぶ。
「何度言えばわかる」
「何も無しに犯されるよりは売ってしまったほうがずいぶんましだろう」
「…お前は、」
「馬鹿はアンタだ」
揺らぐことのない瞳はしかし薄ら暗く濁っていた。あわれな少女に私は何も返せない。いくさの絶えないこの国で、女性の地位はひどく低い。兵士共の慰安具、または子供を産む機械程度にしか考えられていないのが現状だ。彼女は、自分がその慰安具であると自覚する程度にはそれを知り、理解していた。
「私に構うなよ」
「お前が売りをやめるのなら」
「…アンタは馬鹿だ」
再三そう繰り返して、彼女はその瞳だけでゆるく笑う。確かに私は馬鹿者かも知れないが、しかし私に負けず劣らないお前も馬鹿者なんだよ。
「私はずいぶん、きたならしくなってしまった」
「そんなことは、」
「もう、アンタに触れるのさえ怖い」
少女は私を美しいと言った。自らを汚いとも。自嘲的な瞳は何もかもを諦めているようでもあった。彼女は、病におかされている。
「しかしそれでも、私はお前を愛している」
一瞬だけゆるやかに波立った瞳は、それでもすぐに平静を取り戻した。「そうか」とだけ呟いて、静かなみなもに風はもう吹かない。結局私には何も出来ないのだ。いずれ彼女は死ぬのだろう。すべてを投げ出して、しかし必死に生きようとする彼女を美しいと思う。しかし私は、その顔の半分を覆うやわい布越しでなければ、その冷たいくちびるにわずかな口付けさえもできないのだ。

(フォクスとコヨーテ♀)


YACCHIMATTA…
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