捏造


言うなれば、『醜い』ものが好きだ。元からそうだったものは勿論だが、この手でそうなったものには愛着さえ覚える。それはちょっとした母性だとか、そういうものなのかも知れない、とも思う。


「うわぁ、悪趣味」
「…トミーロッド様」

じじ、とかすむ裸電球が弱く照らすだけのこの部屋は、捕虜管理室という名称だ。その名の通り捕虜を管理する部屋で、そのまま牢屋とも呼ばれている。しかし、捕虜管理室だろうが牢屋だろうが、副料理長だなんて身分の人間がやってくるような場所ではなかった。

「このような場所に、…どうかなさいましたか」
「面白いものが見れるって聞いたから」
「…そうですか」

私はひとつ溜息をついた。人の視線はあまり好きではない。何より私は、大切なものは誰にも見せず、こっそりしまい込むタイプだった。

「でもなんか期待外れだったなー、もっとぐっちゃぐちゃにしちゃってると思ってた」
「捕虜ですから」
「ふぅん。良い子だねーお前は、」

よしよし。なんて言われて頭を撫でられても、別段嬉しくもなんともない。それよりも、この方が自分より背の高い私に腹を立てないか、そちらのほうが心配だった。

「外せば、お前くらいの身長じゃあ、見上げるのが大変なくらいだよ」
「…そうですか」
「うん」

読まれていた。まったく、食えない人だ、と思う。

もしこの城内で自分だけのテリトリーがあるとしたら、私にとってこの捕虜管理室は確実にそれにあたるものだった。副料理長ほどではないが、支部長という地位は尊大だ。本部にだって自室のひとつやふたつは用意されているが、しかしそんなものは足元にも及ばぬほどに、ここは潔癖だった。この重厚な扉をノックする者なんて、誰ひとりといなかったのだ。私と、私のものだけの満ち足りた空間。地下深くの汚れた場所は、私だけのテリトリーだった。

それを容易に土足で踏みにじる、それができるこの方を、私は憎らしいとさえ思う。

「しかし面白い部屋だね。ふんふん、へー、整形でもしてんの?」
「…ええ、よく、おわかりになりましたね」

壁にかかった、ろくに洗われてもいない医療機器を眺めるトミーロッド様の背中を眺める私は、今にも襲い掛かりたいぐらいの気分なのだ。その白い肌を、赤黒く染めてさしあげましょうか?そんなことを言えば、私の首なんてすぐになくなるだろう。明白過ぎてなにも面白みがない話だ。

「麻酔がないね。うっわー、そういうこと?お前は本当に悪趣味だね」
「褒め言葉として受け取らせて頂きます」
「褒めてないんだけど」
「そうですか」

ひとつまた息をついて、その背を覆うように手をのばす。壁にかかる機器の中から手にした、さびかけて鈍い光しか発しないメス。しかし、この世に存在するどんなそれよりも美しい、私はそう思う。使い込んだ時間をなくしてしまうなんて、そんな勿体ないことはしたくない。ついで、この部屋には水道が通っていないのだ。

「きったねぇメスだね。それで改造されちゃうなんて、同情するよ」
「トミー様には汚くても、私にとっては美しいものです。同情は…そうですね、彼等に代わって、有難う御座います」

「楽しくない」

私が粛然と頭を下げたというのに、トミー様はすっぱりとそう宣った。下がったままの頭、彼には見えないところで、ぎちりと眉間にしわが寄る。嗚呼、なんて憎たらしい人だろうか!

「もっと、殺しにかかるくらいだと思ってたのに。それともボク、そんなにお前に好かれてたっけ?食えない奴だってボクが思ってるのと一緒、お前もそうだと思ってた」
「…気付いてらっしゃったのですか」
「ボクを馬鹿にしないでくれる?殺すよ」
「………」

手にしたメスをかの人の頬に沿わせた。たとえこの一挙一動が命に関わっていても、気にならなかった。

「ここから出て行って下さいませんか。ここは私の場所です、いくらトミー様といえど、勝手は許しません」
「わぁお。やっと本音?フフ、面白くなってきた」

そう言って口角を吊り上げるトミー様を見て、そこでやっと、この人が見に来た面白いものというのは、牢の中で眠る私のもの、それらではなく、激昂した私自身であったことに気付いた。憎たらしい、憎たらしい、憎たらしい。そう思っていた心が一気にさめる。実に、くだらない。メスを突き付けていた腕を下ろした。

「あ?」
「…さめました」
「なんで?楽しくない、一方的になぶり殺されたいの?」
「私はこの場所を守るためならなんだってしますが、しかしこの場所を荒らしに来たわけでもない人には、なにもしません」
「じゃあここを荒らしてやろうか?お前の大事な捕虜達を、みんな殺してやるよ」

「私と遊びたいのなら、」

奥の牢に向かおうとしたトミー様の肩を掴んだ。ぎちぎちと骨が鳴く。

「いつでも私の部屋へどうぞ。ここでは障害が多すぎる故、貴方様の遊び相手は勤めきれません」
「…へぇ、」
「私ももうここを出ます。鍵をかけますから、…行きましょう」

納得のいかない、しかししょうがないとでもいうような顔でトミー様は私について外に出た。重い扉に鍵をかけて、振り返った瞬間、がぁんと頭蓋が叫んだ。首がゆっくりと絞まっていく。やっぱり貴方は短気ですね、短気な人は嫌いだ。

「お前ごときがボクの遊び相手になり得ると思うなよ。お前はボクの玩具なんだ、ゴミが図に乗るな」
「…っ、く、」
「腹が立つ」

力が緩んで、私はそのまま床に膝をついた。見下ろす彼は、一体どんな顔をしているのだろうか。見上げる気もないが、さぞ美しい顔をしているだろう。苛立ちに醜く歪んだそれは、きっと見惚れるほど素晴らしい。

「帰る」
「けほっ、お送り、致しましょうか…?」
「………」

笑う私を一瞥し、返答もせず去っていくトミー様を見るのは愉快だった。私はどうやら、かの人の遊び相手…否、玩具にはなり得なかったようだ。それを良かったと思う私の脳は正常だ、しかしどこか残念にも思ってしまうから、やはりおかしいのかも知れない。

立ち上がり、膝を払えば埃が舞う。見上げた重厚な扉は、叫び声を外に漏らさない。誰にも見えない、誰にも聞こえない、私だけ、他の誰にも犯されない場所。かの人よりか、随分大事だろう。

唯一無二の
テリトリー




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