どうもどうも、こんにちは。ちょっと私のお話を聞いていきませんか。いやなに、特に面白い話というわけではないのですが、話したくてしょうがないのです。ええそう、エスプレッソなんか飲んで。どうですか、聞いてくださいますか。

おわかりでしょうが、私はパリ郊外でしがないカフェを経営しております。ええ、ええ、貴方が今いるこのカフェのことです。趣味で始めたものなのですが、常連になって下さるお客様なんかもいましてね。そうですね、二年くらい前からでしょうか。ある少年が毎週末、ひとり珈琲を飲みに来るようになったのです。名前をローランというのですが、それはそれは美しい少年です。彼は週末の晴れた日、午後になると必ずテラスのそこ、そうその植木鉢の席です。他のお客様が座っていると、彼がすこぶる不機嫌になってしまうものですから、普段はそうしているのですけどね。その席で、夕暮れまで本を読んでいるのです。彼の三倍は生きている私にもわからないような、それはそれは難しい本です。まだあまり親しくなかった頃に、何を読んでいるのですか、と声をかけたことがあったのですが、あのときはこちらを見てさえくれませんでした。ええ、今ではすごく仲良しなんですがね。彼は美しく、博識で、しかし気難しく人付合いの苦手な少年でした。

そんな彼が、そうですね、ちょうど三ヶ月前あたりから、なにか落ち着きをなくしているようでした。いつもは珈琲を頼むときに私と少しお喋りをして、そのあとはひたすらあの席で本に没頭している彼だったのですが、珈琲をお出ししたあとも、このカウンターに座ってただただカップの中身を見つめているんです。これは明らかに変でしょう?持ってきていた本もカウンターに置きっぱなしです。気難しい彼ですから、何かあったんだろうとは思いつつも最初はそのままにしていたんです。ですがそれが二回、三回と続くと、さすがに私も気になってしまいましてね。最近どうかしたんですか、と聞いたのです。すると彼は私の目をじっと見つめて、それから一瞬そらして、しかしまたこちらを見て言ったのです。「ロニー・ワイスを知っているか」とね。ええ、あのロニー・ワイスです。モデルの、はい、そうです。しかしなにぶん世間の流れに疎い私でしたので、そのときは知りませんと答えたんですよ。その日の会話はそれで終わりでした。後日、別れた妻と娘に会ったときにその話をしたときは、随分と騒がれましたよ。ロニー・ワイスを知らないなんて!ってね。そのとき、同時に私は彼の、ローラン・ペレクの平日の姿も知りました。知ってます?ああやっぱり。そうです、彼はあのローラン・ペレクだったのです。

その週末、いつものようにここを訪れた彼に私は出来うる限りの優しい声色で、チーム・メイトと何かあったのかい?と聞きました。するとすべてを悟ったらしいローランは、ぽつぽつと話し始めたのです。彼の愚痴はよく聞いても、相談にのったのは初めてでした。ロニー・ワイスに話し掛けられるのが辛い。今まで付き合ってきた人間はみんな軽くあしらえば離れていったのに、彼はいつまで経っても離れない。俺に笑いかけてくるなんて馬鹿げてる。でも俺は何故だかロニー・ワイスが嫌いじゃない。彼はだいたいそんなことを言いました。その表情は険しいものでしたが、私はその話を聞いてひどく嬉しくなりました。だって彼が本や学問以外のなにかを好きだと言ったのは初めてだったんです。いや、確かに嫌いじゃないと言っただけですが、それってつまり、そういうことでしょう?なにぶんローランの友人はこの私だけで、彼はあまり素直な人間でもありません。私の珈琲にも、ええ、週末になると必ず飲みにくるのに、おいしいだとか好きだとか言ってくださったことはないくらいです。だから私は、彼とロニー・ワイスの出会いは神の思し召しなのだと思いました。そうして彼に言ったのです、ロニーさんを是非ここに連れておいでなさいってね。そうすると彼は少しだけ口をもごもごとさせたあと、小さな声で聞いてみると呟いたのです。

…おや、いらっしゃいませ。ああ、ローランさんじゃないですか!今こちらのお客様に面白いお話をしていたんですよ。惜しかったですねぇ、聞き逃しましたね、もう話しませんけれど。まぁまぁ、いやだなぁ、そんな顔しないで下さいよ。ちょっとした冗談ですってば。ああそう、今日はロニーさんは?いらっしゃらないんですか?ああ、なるほど、待ち合わせですか。はいはい、珈琲ですね。かしこまりました。私はもう少しこちらのお客様とお話がありますので、珈琲は席に持っていきますね、私、人気者なんです。…ははは、手厳しいなぁ。無理矢理じゃないですよ、ねぇ、お客様?ふふ、素敵なお話だったでしょう?

おや、もう宜しいのですか。ああ、お代はいりません、引き留めたのは私ですから。ああ、ああ、なるほど、そうですね、お客様、気が利きますねぇ、私と違って。だからローランさんにあんな顔ばかりされるんでしょうかね、なんて。ああ、またすいません、元来お喋りな性分でして。はい、はい、それは良かった。是非またおいで下さいね。それでは、ありがとうございました。

パリ郊外/小さなカフェにて
(ローランとロニー)
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