逃げられないのではなくただ逃げる気がないのだということにはとっくに気がついていた。俺はべつに蜘蛛の巣に捕まったあわれな虫なんかではないし、愛なんてけがらわしいものに簡単に支配されるほど浮かれた人種でもない。ひやりとした冷たいゆびが頬をなぞるとなんだかぞくぞくした。それは人を殺した直後の高揚感に似ている。ただ、今この瞬間にかぎり俺は殺す側ではなく殺される側だった。もう一度いうが逃げられないわけじゃない。俺は、そのきれいな手が、とけるほどの熱をもって、この首を絞める、そんな日を今か今かと待ち望んでいた、のかも知れない。残念ながら被虐性愛者にうまれた覚えもなければ、そんなものに愛を感じるほど平和な世界に生きた覚えもないし、俺は彼を愛してなどもいない。ただそうだ俺は、彼に食い殺されてしまいたい。そうして彼の血となり肉となり、一生を彼に従属したいのだ。なんて俺が必死に並べ立てたきれいごとをめちゃくちゃに壊して崩して踏みにじるとき、彼はこの世でいちばん美しいけものになる。
「あいしているよ、」
ああなんてけがらわしくも美しき、

肉食獣
(フォクスとコヨーテ)
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