「お母さんみたいだね」、そう言ったのは文章だった。ぶんちゃあん、入来院君も、お菓子食べない?私つくってきたの。騒がしい教室の中を跳ねるように響いた女子の声につられて二人が向かった先には、お菓子という言葉にはあまりにも不釣り合いなビビッド・カラーのスプレーで飾られたクッキーが賑やかに踊っていた。そのとき、一瞬だけ幹乗の眉間にしわが寄ったのに気付いたのは文章だけだろう。そこからたった一枚だけ、男子にしてはずいぶんと小綺麗な指で口に運ばれ、二三咀嚼され嚥下された。そうして幹乗はにこ、と笑って言ったのだ、「おいしい」と。それが嘘だと気付いたのも、きっと文章だけだろう。そんなのを横目で見つつ普通においしいのになァなんて脳内でつぶやきながら、もう一枚とのばしかけた文章の腕を素早くつかんで、幹乗はまた(文章が見れば)胡散臭い笑顔で言った。「ごちそうさま」。

「誰が?誰の?母親?」
クッキーやらなにやらに対する小言(あんなの食べ物の色じゃないだとか、砂糖が多過ぎるだとか、焼き時間が足りないだとか、それに文章お前はあげると言われたからってそう何度も手をだすんじゃない遠慮を知れ、だとかだ)を一通り聞き流して言った文章に、随分とクエスチョンマークのついた言葉を最大限に不機嫌そうな表情で幹乗は吐き出した。それに文章はわかりやすくかみ砕いた、むしろかみ砕きすぎた日本語で返す。
「幹乗が、僕の、お母さん?」
「はァ!?なんでだよ!」
今にも食ってかかりそうな勢いの怒鳴り声は幹乗のくせだった。ただし、相手は文章にかぎる。
「なんでって、ねェ」
「なんだよ、そのねェってのは…」
「お弁当おいしいし、居眠りしてると怒るし、ハンカチ貸してくれるし、サボると怒るし、あと…お弁当おいしいし?」
指折りあげていく文章の言葉に、うっと声をつまらせたのはもちろん幹乗だった。そも、その自覚がない幹乗が少しおかしいぐらいなのだ。文章は彼ほど家庭的な男子中学生をほかに見たことがなかった。
「幹乗って、お母さんみたいだよね」
「俺はお前みたいな手間のかかる子供を産んだ覚えはない」
「じゃあその手間のお礼に、来年の母の日にはカーネーションでも送ろうか」
幹乗お母さんいつもありがとうって、ね。なんてかるい冗談を文章が言えば、少し間をおいたあと、幹乗は苦虫をかみつぶしたような表情で言った。
「すごく複雑なんだけど、それはちょっと…うれしいかも、知れない」
それを聞いて、文章はやっぱり幹乗はお母さんなんだなァと思うと同時に、これから二人の毎年の恒例行事になるであろうその日を忘れないように、カレンダーに丸でもしておかなくちゃなァ、なんて思うのだった。

擬似マザーズ・デイ
(文ちゃんと入来院)


季節外れにもほどがある
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -