「照美さん、照美さん」
空が青いね。彼は笑ってそう言ったけれども残念ながら今日は曇りだ。おまけに風も冷たい。寒がりな彼はまっさらなワイシャツにセーターを着込んで随分低い空を見上げている。そんなことよりも僕は、かたいベンチにお尻が痛くてしようがないのだけど。
「啓にはそう見えるのかい?」
「ううん、曇っているように見えるよ」
「…そう?」
怪訝そうな僕を見て彼はまたくすくすくすと小さく笑う。かたくかたく閉ざされた蓋を開けてみれば、彼はにこりともしなかった日々が嘘のようによく笑う少年だった。どこか宙をただよいがちな視線はあいかわらずだったけれど、しかし自然な意識がそこにはあった。何よりも、彼は僕を神様と呼ばなくなった。僕も彼のことを藤丸ではなく啓と呼ぶようになった。
「照美さん、照美さん」
しかし、僕の名前を幾度も反復する彼のかぼそい声が愛おしいと思うようになったのはいつからだろう。ささいな庇護欲が愛情になったのは。ざらざらにくすんだ哀れみを孕んでいたこの関係が、別のものに変わっていったのは。
「それでもきっと空は青いよ」
彼は雲の向こうを見て言った。
(世界はくたびれた灰色をしていたんだ。空も木々も花も海もすべての色彩が死んでいる。そこにうつった鮮明な赤に僕は神様を見た。ひとっつだけ映えるようなそれは罪の色をしている。知識の果実をたたえた神様は僕に知識以上のものを与えたのだ。世界はこんなにも眩しかった。神様が神様でなくなっても、僕の腹の中でその赤だけは特別な色であり続けるのだろう。)
「照美さん、照美さん」
「なんだい、啓」
「今日も、世界は綺麗だね」
空色と呼ぶにはすこしどぎつい色をしたベンチから立ち上がってくるりと振り返る彼は今日、僕の世界で一番綺麗な人になった。

ああなんてうつくしき、
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