彼はまるでなにか宝石の原石みたいな瞳で笑った。それは藤丸啓という僕の知らない誰かだった。
「ねぇ神様、もうさよならだね」
囁くようなかぼそい声は僕の知っている彼だが違うそうじゃない僕の藤丸はこんなふうに僕を呼ばない呼ぶわけがないのだ。悲しいと寂しいと嬉しいがぐちゃぐちゃにまざった感情が僕をどこか遠いところに押し流した。これが僕という人間と藤丸啓という人間の初めての出会いで別れだ。神様が見えなくなった彼にもう僕は必要なかった。さよなら神様、そうはにかんだくちもとは相変わらず不健康な色をしていたがやわらかい。ああ本当に変わってしまったんだな、と思うがこれは変化ではなく回帰だった。喜ばしいことであり、しかし、やはり悲しいことだった。午後七時の空のような色をした髪が風をすりぬけて揺れている。無機質なチューブも君には似合っていたけども、それは気のせいだったかも知れないね。でももうたしかめようのないことだ。なんだか泣きたくなってしまった僕は、彼をおいてそろそろ行くことにしようと思う。それじゃあさよなら藤丸啓くん、もうこうしてふたりで会うこともないだろう。神様を泣かせる人間なんて聞いたことがないけれど、きっと彼が特別だっただけなのだ。だから神様だった僕を泣き止ませられるのも、特別に特別な彼だけだ。細い細い白い指がやわく僕の手を包みこんで、振り返るときらきら原石の瞳が僕を見つめていた。頭のどこか片隅で、それを磨きあげるのがこの僕であったならとぼんやり願う。しかしそれももう必要ないようで、彼は嘘みたいに綺麗に笑って言ったのだ。
「これから宜しくね、亜風炉さん」
「…照美で良いよ、啓」
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テーマ「人外ファンタジー」
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