「ねぇねぇ、半田のカーディガン僕にちょおだぁい」
放課後、さて帰るかと席を立った俺を変に間延びした声が止めた。振り返れば当たり前のようにいるマックスに俺はためいきをひとっつ。俺は知らず知らずのうちこの少女に刷り込みでもしたのだろうか。いや、したのだ。まだまだ幼いときにした、些細な結婚の口約束によって。
「なんでまた」
「えぇ、良いじゃあん」
ぶーぶーと口をとがらせて駄々をこねるさまはまるであの頃と変わらなかった。可愛い、とは思うがしかし何故にしてカーディガン。
「ねぇねぇ良いでしょお?結婚指輪は安物で良いから、ねぇおねがい」
「いやだから結婚まではまだ、じゃなくてだから理由を言えよ」
いつもと同じようなやりとり(結婚のくだりだ)を繰り返しつつももう一度理由を聞いてみる。だって、カーディガンなんて買えば良いだろ。そんなにこのカーディガンが良いだろうか?紺色のどこにでもありそうなこれは、お世辞にもお洒落とは言えないが。
「…怒らない?」
「っは?」
「だからぁ、怒らない?って聞いてるの!理由!」
「はぁ、まぁ、多分…」
予想外の返答にごにょごにょと口ごもれば「この半端田!」と返された。ちょっと待て、今のは聞き捨てならないぞ。
「知らない男の子にねぇ、告白されちゃうの、もう何人目かもわからなくてさぁ。僕、半田と結婚するって決めてるから、って断ってたんだけど」
「………は、」
「男の子のカーディガン着てたら、彼氏がいるんだなぁって思うでしょ?だから、半田のカーディガンちょうだい」
半端田って言うな!そう開きかけた口は半端にあいたまま動かなかった。お前そんなにモテるのか、いや確かに顔は可愛いけど。ではなく、それは、それこそ、聞き捨てならない。
「告白とか、俺そんなの一度も聞いてないんだけど…」
「だって、言うまでもないかなって思ったんだもん」
「いや、でもさァ、普通言うだろ」
「だって、……怒らないって言ったじゃん」
「………」
ぱたっと一度だけ床を蹴る細い足を見つめる。互いに俯いているのは変わらないようだった。いやだって、確かに、マックスとは無理矢理流されるみたいに付き合い始めた俺だけど、まだまだ結婚の言葉には億劫な俺だけど、これでも一応、俺はマックスの彼氏であって恋人であって、彼女のことが好きなのだ。
「怒ってないけど、」
ぽろりこぼした言葉はほとんど無意識だった。
「ちょっと悲しい」
ぷす、と何か空気が漏れるような音がした。ついで、…う、だとか、あ、だとか口の端からこぼれるような声。そこで俺は気付いた。そうだまったくこの松野空という少女は、下らない嘘がだいすきなのだ!
「てめェ騙したな!?」
「あはははは、ばーかばーか!」
「………っこのやろう!」
「嫉妬した?ねぇ嫉妬したぁ?」
「してねェよ!」
きゃらきゃらと笑うマックスはもう先程の彼女とは随分と別人のようだった。いつものマックスだ。俺は何だか知らないがホッとした。
「カーディガンはねぇ、ただ僕が欲しいだけ。彼氏のものに憧れるのが年頃の乙女なの」
「乙女、ねェ…」
「なんか文句あるの?」
「ないない、ねぇってば!」
特徴的なまあるい目でじとっと見られては何も返せない。しょうがなしに、いや別に満更でもなく、俺は着ていたカーディガンを脱いで彼女に渡した。今日は暖かいからシャツだけでも大丈夫だろう。
「わぁい、ありがとぉ!」
それだけできゃっきゃきゃっきゃと喜ぶマックスを見てなんだか幸せな気分になった。小さい頃から変わらない、自分は大概彼女には甘いのだ。小柄な少女にはぶかぶか過ぎるカーディガンのすそを揺らして、「ねぇ似合う?」なんて言いながらくるりとその場で一回転した彼女を見て、俺は言う。
「似合う、似合うけどお前、せめてすそから見えるくらいにはスカートおろせ!」
いや、それはむしろ過保護と言うのかもしれなかった。

半田くんと
松野ちゃんと
カーディガン




メモにあげた設定から半田くんと松野ちゃん。松野ちゃんの嘘が本当に嘘なのかは、ご自由に。

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