時間が経てば寂しさは和らぐ。
それを身に染みて体感したのは、アメリカから帰ってくる時だった。

「日本帰ることんなったべや」

どうでもいい話題を話すくらいのトーンでそう言えば、同じようなトーンでふーん。と返ってきた。

「それだけ?」
「うん、それだけ」

自分と同じように、小さい頃日本に住んでいた彼女。
こっちに越してきたのも、だいたい同じ時期。
小学校で知り合い、それから約5年。
ストレートに気持ちを表現する彼女が、今は至極不自然な応対をしている。

「なんっだよ。寂しいの、俺だけ?」
「…私もさみしいよ」
「じゃあ、なしてそんな平気な顔してんのさ」

無表情を崩したら、泣いちゃいそうだから。と彼女は言った。
その顔が、少なくともいつもより歪んでいることにようやく気づく。
ああ、そっか。じゃ、俺も。

「バイバイすっときは、無表情だな」
「うん。泣きたくないもん」
「きっとまた会えるっしょ」

17になった今思えば、素直にわんわん泣いた方が俺ららしくて良かったと思う。
空港でも口数少なく、それでも握った手には力が篭っていた。
笑顔も、泣き顔も見ずにサヨナラ。
俺は飛行機のなか、親が寝てる間にひっそりと泣いた。
恥ずかしいけど、かなり好きだったしね。初恋相手ってやつさ。
だけど、寂しくて仕方がなかったのは最初だけ。
数年ぶりに帰ってきた環境を、もう身体はすっかり忘れていて、慣れるのに必死だった。
アメリカじゃ使わない敬語も、頑張って覚えた。
だって先輩たち、こえーんだもんさっ。ほんと日本の高校クレイジー。
レベルの高いバスケをしたくて受けた大栄高校じゃ、寂しいなんて思わなくなった。
とにかく、バスケ漬け。
それくらいがちょうどいい、と思ったりする。たまに思い出すくらいが。
きっと俺がNBA行くとかじゃないと、会える機会ないだろうし。

「ヒョウ」
「ああ、ヨーザンなしたの?」

朝練が終わって、登校する。
鷹山が、俺の前の席に座った。背もたれを前にして跨いで、後ろ向きに。
早起きして眠い。朝に弱いのは、早起きすりゃ直るってもんじゃないらしい。
俺がもたれる机に、鷹山が小さい紙を置いた。

「なん、それ」
「隣のクラスの女子が、ヒョウに。って」
「はあ?」

置かれた紙に手を触れず、眺める。
丸っこい小さい字で書かれた、名前とメアドと、良かったら連絡ください。の一言。
名前書かれても、誰だか分かんねーしっ。

「いらねっ」
「渡しとくって言っちゃったから、連絡しなくても良いから受け取ってよ」
「んー…」

適当に制服のポッケに突っ込んで、伏せた。
音で、鷹山が立ち上がったのが分かる。
同時に、席着けーチャイム鳴ってんぞー。と担任の声とチャイム。
あーねむい。
誰だか知らんけど、ごめんよ。連絡しないから。
俺、そーゆうの求めてないんさね。

「はーい、じゃあ出欠取る前に、転校生紹介するぞー」

ええっ!とクラスがどよめいた。
へえ、転校生ね。はいはい。
べつに、誰が転校してきても興味ないべや。
俺は睡眠優先。朝のホームルームは、俺の大事な睡眠タイムなわけで、何人たりとも邪魔はさせん。
いつもよりも早く意識が落ちてくる。

「不破ー、今日くらい起きろー。転校生に失礼だろがー」

担任の声に仕方なく顔をあげるが、瞼が重くて前が見えない。

「お前と同じ帰国子女だそうだ。仲良くしてもらえよー」
「…ヘーイ」

じゃあ、入って。と言った担任の言葉で、教室のドアが開く。
目を擦る。………え?

「アメリカから来ました、ミョウジナマエです」

まさか。

「豹!ひさしぶり!」

クラスメイトが見ている目の前で、彼女を抱きしめるのは数秒後。
今度はお互い、とびきりの笑顔で!


tsugi