「ナマエ〜、ワックス貸して〜」
「ほい」
「あんがとさんっ」

ノックもせずに部屋に入ってきたのは、奇抜な髪した猫目の男の子

不破 豹

毛玉まみれのスウェットに身を包み、私から受け取ったワックスを開けて匂いを嗅ぐ彼、それを私はじぃっと見つめた

「それ匂いキツイから嫌い、豹あげる」
「まじで!?やった!サンキュー」


たかがワックス一個もらっただけで部屋中を踊り狂う豹に微笑してしまう。


ああ、これが恋人同士ならどんなに微笑ましい光景だろう

私たちはたとえ互いに想い合っていても、けして結ばれない二人なんだ。いや、結ばれてはいけない運命…と云った方がいいだろうか



It is me to have escaped.




中学3年の夏、好きな子ができた。オレンジ、猫目、変な口癖、一度会ったら二度と忘れられないだろう印象的な人格。私の初恋相手の名前を不破豹という




同じ時期、母親が再婚した。新しい父親、その人には連れ子がいた。オレンジ、猫目、変な口癖、一度会ったら二度と忘れられないだろう印象的な人格。独りっ子だった私に初めて出来た兄弟の名前を不破豹という


「どした?怖い顔して」
「…なんでもない」

ワックスやっぱり返そうか?と心配する豹にもう一度なんでもない、と言って近くに落ちてた漫画を読むフリをした


「なに怒ってんの?」
「別に怒ってないよ」
「すっげー怖い顔」
「もともとこーゆう顔なんです」

私の想いを誰一人知らない。親友にだって言ってない。母親や義父、豹にばれたら私は死ぬと思う。家族に恋心を持ってる人間なんて一緒にいても迷惑だろうし


「なあ」
「……」
「なあってば!」
「なに?」
「ナマエ、なんでそんなオレに冷たいのさ?オレナマエになんかした?」
「豹はなんもしてないよ、てゆーか誰も悪くない」
「…?」

バッと取られた漫画は豹の手の中。返して、と睨んだけどそれは彼には効かなくて、やだねーと笑われた

「…彼女とは?」
「へ?」
「彼女とは上手いやってんの?」
「ん、ああ、まーねっ」
「…そう」

静かに漫画を取り返した。豹は何か言いたそうな顔でこっち向いてるけど無視無視。私が目の前のコイツを想ってたって叶うことはないんだ。豹には可愛い彼女がいるし、私の想いを知ったとしても困るだけ。だったら本当の兄弟じゃないんだし、できる限り関わらないようにすればいいんだ。他人だ、私は不破豹なんて存在知りませんみたいな、さ。

「ナマエは?この前駅で男と歩いてたじゃん!彼氏だべ?」
「…冗談」
「えー!オレてっきり彼氏出来たと思ってたさ!じゃあアレ誰?」
「アンタに関係なくない?」
「けち!そんなんじゃモテねーぞ!」
「わかったから、用済んだんなら出てって」


今度は豹が私を睨んだ、立場が逆になった。豹の目は麻薬のように私を痺れさせる、動けない苦しい


「な、なによ…」
「だぁから!」


ガッと肩を掴まれて、オレ何かした?と悲しそうな顔を見せられた。アンタこそなんなわけ?なんでそんな構うの?放っておいてよ





「ホントはオレナマエのことが、」


そこまで聞いて平手をお見舞いしてやった

(逃げたのはわたし)

私たちが交わることは絶対にあってはならない



mae tsugi