「おい」
「………」
「おい!」
「……あっわたし?」
「そうだよ、何度も呼んでただろぉが」


卒業式前、早く学校に来た。一人になりたかった。案の定教室には誰もいなかった。生徒はおろか先生も

そんな時間に何故こいつが


「ナマエさん、トロすぎだろ」
「なんで行太がいんの?」
「朝練だよ、車谷先生鬼過ぎ 卒業式の日まで朝練だぜ?」


教室で一人、窓辺にて黄昏ていた私の直ぐ側の机に飛び座ったのは行太。下はバスパン、上はパーカーの薄着の彼、3月の気温には少し寒い気がするが、先ほどまで運動していたから平気なのか


「どうしたの?」
「抜けてきた」
「え、大丈夫?」
「ナマエさんが登校してんの見えたから、教室にいるかなと」
「そうなんだー、可愛いとこあんじゃんか」
「うるせー」


行太といえば入部して早々、トビくんにしごかれてビビってたり、生意気な性格が災いして衝突したことも沢山あって私は心配ばかりしていた。
こいつが入学してきて一年が経った。あんなトゲトゲしていた行太が嘘みたいに、今では丸くなったもんだ。二年の先輩たち、一年部員とも仲良くやれてるからナマエさんは心配すんなっ、と一丁前なことを言われたのはつい最近。

「………」

少し前の記憶を思い出し、窓景色を眺めながら微笑んだ。行太が私の横顔をじぃっと見つめているのが、間接視野から分かった


「ナマエさん、卒業しちゃうんだな」
「なによ、さびしい?」
「んなわけねーだろ、うるせーのが居なくなって清々するよ」
「またまた〜、強がっちゃって!」


強がってねーよ!と大声を出した行太にびっくりして彼へと視線を向ければ目が合った。行太は真っ赤になってた。え、なんで


「強がって、ねーし……」
「そんな大っきい声出さなくったって」
「ちげーよ、ナマエさんが寂しそうな顔するからビックリさせてやろうと思ったんだよ!」
「………」
「………」
「……優しいね」
「…フン」


行太が言っている通り、卒業は寂しい。顔に出やすいタイプだから、きっと寂しそうな表情をしていたのだろう。行太は優しい


「…なあ」
「なに」
「卒業したあと、どうすんの?」
「言ってなかったっけ?留学だよ、オーストラリア」
「はっ!?オーストラリア!?聞いてねーよ」
「言ったでしょ、半年くらい前に」


全然知らなかった…と行太の顔が暗くなっていく。


「じ、じゃあっ、ナマエさん。新人戦とか見にこないのかよ!?」
「そうだねー…行けないね」
「お、俺っインターハイだって行くんだぜ!?それすら来ないつもりかよ!?」
「うん、ごめんね」


なんだよそれ、あんまりじゃねーかよ!と行太が叫んだ。

「でもさ、行太の引退試合だけは見に行くよ。ちゃんと帰ってくる、それまでに腕磨いときなさい」
「………」
「………」
「卒業しないで…」
「ははっ、なんだよ可愛いー」


綺麗に整われたカーリーヘアをくしゃくしゃ撫でた。俯く行太の顔を無理やりあげれば、今にもその表情は泣きそう。


「おーいー、泣くなよ」
「泣いてねーし」
「実は私より行太の方が寂しがり屋なんじゃん?」
「るせー…」


零れそうになっている涙をセーターの裾に染み込ませた。

泣かないで、行太


「おれ、ナマエさんが居ない間に、バスケくそ上手くなるよ。背だって伸びるし、ナマエさんのことすぐ追い越すよ」

「ちび行太のくせに、でかいこと言うじゃん」

「好き嫌いなく食べるし、毎朝走るし、練習もちゃんと出る。今はチビとかガキとか言われてるけど、ナマエさんが帰ってくるころにはナマエさんの方がチビだぜ」

「うん」

「俺頑張るよ」

「うん」

「だからさ、」

「うん」

「国際電話とかしていい?」

ついに零れた雫に私は下唇を噛んだ。





12.03.11



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