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透き通った瓶に詰める悪いこと


「すンませんでしたッ!」
「へ?」

ここは喫茶店うずまき。美味しい珈琲が飲める探偵社全員の憩いの場である。そんなうずまきの穏やかな店内には不釣り合いなほど、谷崎君は必死に頭を下げていた。
敦君に向けて。


「その、試験とはいえ随分と失礼なことを…」

太宰の思惑によって犯人役を担うことになった谷崎君は、犯人役を決めるにあたっての太宰の裏工作に私も加担していたことに気付いていない。そういう純朴さが彼の良いところである。
そんな私の回想はつゆ知らず、今回の被害者である敦君は頭を下げる谷崎君に「良いんですよ、」と困ったように返していた。


「何を謝ることがある。あれも仕事だ、谷崎」
「国木田君も気障に決まってたしねぇ。── 独歩吟客!」
「ばっ…違う!あれは事前の手筈通りにやっただけで…」
「それにしては力入ってましたよ?声も一段と低くて艶っぽかった気が」
「オイ零!お前はそうやって悪ノリを!」
「フッ ──… 独歩吟客!」


私も太宰に続いて声真似をすればより一層騒ぎ出す国木田さんに、うずまきの店員も客もいつものことだと気にした様子は無い。そんな穏やかな店内を見渡したあと、探偵社は今日も元気いっぱいで騒がしいなァと国木田さんに再び目を遣った……ゴンッ!頭のてっぺんに鈍い衝撃。えー?


「外野みたいな顔するな。お前が煽ったんだからな」
「ちょっと国木田さん。始めたのは太宰ですよ、私じゃなく太宰を殴ってください」
「やだよ私だって男に殴られる趣味無いもん」
「お前ら二人とも容赦なく殴ってやる」


おふさげを長引かせると良いことなんて無いのは分かっているけれど、国木田さんはいつも全力で素直だからついおふざけをしてしまう。


「ともかくだ小僧。貴様も今日から探偵社員だ。ゆえに周りに迷惑を振り撒き社の看板を汚す真似はするな。俺も他の皆もそのことを徹底している」


ふと敦君に探偵社員とは説き始める国木田さん。その目下では太宰が「あの美人な給仕さんに死にたいから首絞めてって頼んだから応えてくれるかな?」とうずまきの店員さんをキラキラした瞳でみつめている。迷惑噴霧器が絶賛稼働中だ。
却説、国木田さんの米神の青筋が濃くはっきりと浮かびあがっていて面白いが説教が長引くと私にも飛び火してくるので、そうなる前に話題を変えようと自己紹介を提案してみる。さあ、本日の功労者のひとり、谷崎君からどうぞ!


「ええと…僕は谷崎。探偵社で手代みたいなことをやっています。そしてこっちが、」
「妹のナオミですわ!」


ナオミちゃんの笑顔の素敵なこと。その美貌から醸し出される妖艶さは歳下には見えなくて同性の私でさえ照れてしまいそうな程である。そんな妖艶さは笑顔だけでなく、その兄を触る手つきも同様で…


「兄様のことなら何でも知ってますの…」
「き、兄妹ですか?本当に?」
「あら お疑い?」


躊躇なく兄の服に手を突っ込み、さわさわと触り出す。うっとりと喋り出すナオミちゃんもだが、触られる度に抵抗できず顔面を真っ赤にする兄も兄だと思ったり思わなかったり。血の繋がった兄妹だと話すナオミちゃんに「でも…」と言い掛ける敦君だったが、深く追求するなと国木田さんに宥められていた。興味深い兄妹を観察していると横からふにふにと頬を触る指が…太宰だ。


「なあに?」
「私も零のことさわさわしたいなーって」
「え?頭から布被せて窒息するギリギリまで水を浴びたいって?いいよ!私そういうの得意」
「ヤダ苦しい上に死なないでしょう」
「いうほど苦しくないよ?」
「一般的にその拷問方法は苦しいんだよ」
「太宰に一般論を説かれてもね」
「酷い」


こんなに穏やかなうずまきの空間で物騒な発言は御法度だろう。私は良い子なので口を噤むことにした。拷問なんてうずまきの心優しいオーナーや奥様に聞かれては困らせてしまうだけである。……太宰、


「首触るのやめて」
「ええー?いいじゃない減るもんじゃないし」
「さわさわするのやめて」
「ええー?」


頬から首筋に対象を変えた太宰。太宰はよく私の首にそれはもう嬉しそうな表情で触れてくる。私には理解し難いけれど、急所であるそれに簡単触れられることが太宰には嬉しいらしい……そこに幸福を見出す思考が不思議だ


『 此処に力を込めればどんな表情を見せてくれるんだろうって。嗚呼、想像するだけでゾクゾクするよ 』
『 私に太宰が求めるものは見せられないよ。痛みも苦しみも、なにも 』
『 そうは言っても 無痛症では無いのだから。痛みを無視するように非常に訓練されているけれど、其れは結局 痛みが無い・苦しまないとは別次元の話だよ 』
『 ……… 』
『 私の腕の見せ所だねぇ。ね、零 』

いつかの会話が脳裏を掠める。あれはまだ出会ったばかりの頃、青くて暗くて今よりももっと闇が深かった頃だ。
そう簡単に急所をやられるつもりは無いから触れるくらい良いのだけれど、ソファ席から溢れてカウンター席を陣取る私と太宰に向けられる敦君の視線が痛い。なにしてるんだろうこの二人って純粋に疑問を感じている視線が怖い。私がその答えを聞きたいです、うん。


「太宰」
「………はーい、」


低く拵えた声で名前を呼べば諦めたように太宰の手が離れる。温い温度が遠ざかり、代わりに感じた冷房の温度に少し寂しい気持ちになるけれど知らないふり。


「あの、」
「?どうしたの敦君」
「えっと…零さんと太宰さんはその…恋人同士なんょうか?」
「へ?」

敦君の突然の問いかけに思わず間抜けな声を出してしまった。え?誰が私の恋人だって?


「ふふ、敦君よく気づいたね!」
「!!ということは矢っ張り…!」
「矢っ張り?え?敦君、早まらないで!」


先ほどの疑問を浮かべた目とは打って変わってキラキラと輝く眼を向けてくる少年。色恋沙汰に敏感なお年頃なのだろうか。そしてそれを全力で首を振り否定する私と、そんな私を悲哀な表情で見遣る太宰。


「ちょっと零、必死に否定しないでよォ。傷付くでしょう?」
「……あれ?ってことは違うんですか?」
「違うよ。私と太宰は恋人なんかじゃなくって、」
「まあ、言えば同僚だねぇ。前職の」
「前職?」
「そう。良くペアになってね。もう相性が最高で、私達」
「太宰が無理やり私を引っ張っていくんでしょ。年下だけどあの中じゃ私のほうが先輩なのに。無視すると拗ねて大変だし」
「つれないなァ」


太宰の相棒は中也さんであり、本来であれば私は中也さんの部下として手足のごとく働くのが正解である。しかしこの太宰という男は職権を乱用して、自分の仕事に私を同行させたり、私の仕事中に押し掛けてきたりと好き放題の日々だった。それにキレた中也さんと一悶着あるのも日常茶飯事。あんまり無視すると拗ねて大変だから、首領から「程々に彼のお願いに付き合ってあげてくれ」と言われる始末である。


「前職でペアを…?お二人は一体なんのお仕事で、」
「うーん。簡単に答えるのも面白くないなあ。ね、太宰」
「どうだろう敦君。仕事当てゲェムといこう」
「前職を当てる?」
「探偵社員には推理力が必要不可欠だからね。私と太宰は少し難易度が高いから、まずは二人からどう?」


谷崎兄妹を指差せば、じゃあ…と考える素振りを見せる敦君は直ぐに思い当たったようで口を開いた。

「谷崎さんと妹さんは…学生?」
「おッ当たった 凄い」
「どうしてお分かりに?」
「ナオミさんは制服から見たまんま。谷崎さんも年が近そうだし勘で」


にこにこと太宰が微笑む。やるねぇと言ったあと、それじゃあと国木田さんに視線を向けた。


「敦君。国木田くんは?」
「止せ!俺の前職などどうでも…!」
「うーんお役人さん?」
「惜しい!」
「国木田さんは学校教諭だよ。数学の先生だったんだって」
「へぇ!」


国木田さんは前職についてあまり語ろうとはしない。黒歴史でもあるのだろうかと勘繰ってしまうほど話をするのを嫌がるのだ。格好良いと思うんだけどなあ、数学の先生って。店内の入り口に背を向けるように、ソファ席に座る国木田さんを眺めた。


「昔の話だ。思い出したくもない」
「…と、此処まで来たら最後に私と零だね」

「…んー。太宰さんと零さん……」
「無駄だ小僧。武装探偵社七不思議のひとつなのだ。この二人の前職は」
「最初に当てた人に賞金が出るンでしたっけ?」


谷崎君の言葉にこくんと頷く。どうやら賞金は七十万まで膨れ上がっているらしい。


「七十万!?当てたら本当に貰えるんですか!?」
「自殺主義者に二言はないよ」

七十万という数字に目の色が変わった敦君。君のそういう欲に素直な感じ、良いと思う。そう感心していてふと思った。これって、七十万 私も払うの?

「勿論だよ」
「誰だ賞金なんて言い出したのは…!」
「ふふ」


微笑む太宰に苛立つ間にも、敦君はどんどん職業を言っていく。サラリーマン、研究職、工場労働者、作家、役者……役者と言われて照れる太宰。


「うーん…」
「零さんと太宰さんの組み合わせが余計に混乱させるんですよね」
「お兄様、そうでも無いですわ。おふたりいつも息ぴったりですもの」
「言われてみるとそうかも」


「ちなみに零は一応現役だよ。ここ一年活動していないけれど」
「……させるつもりもないくせに」
「まあね」

谷崎君とナオミちゃんの言葉、それから太宰と私の会話にぴくりと敦君の眉が動いた。もしかして、分かった?


「 ダンサー!!!」
「 ──… ブッブー。不正解」
「あぁああ…自信あったのに…」


突飛な答えに踊り子だって、なんだか嬉しいねぇと隣から声がする。どうしてその答えに至ったのか聞いてみると、なかなか推理として筋が通っていた。


「年下の零さんが先にいて太宰さんより先輩、よくペアを組んでいた、零は現役・活動していないけれど在籍している………それで社交ダンスとかのプロとかって考えたんですけど…」
「ほう」
「あと入社試験で零さんが言ってた怖い上司は鬼コーチ、毒を混入させた食事の毒はプロテインを揶揄したのかと……」
「入社試験の話も覚えてたんだ。敦君、探偵が天職なんじゃない?」
「思ってた以上に素質があるね」
「え!?…えへへ、」


不正解だけれど、過去の会話からもヒントを得る技量は探偵としてかなり見込みがあるように思えて。良い子を拾ってきたね、と太宰に笑いかけた。太宰は鼻高々という感じで踏ん反り返っている。……… 態度が煩いと国木田さんに叩かれていたのは見ないふりをしよう。


「だから本当は浪人か無宿人の類だろう?気に入った零を何処ぞで拾って連れ回して」
「違うよ。この件で私は嘘など吐かない」


うずまきの店内に微かに入り込んだ気配はふつりと姿を消す。扉の前に居た人物には顔は見られなかっただろうから、私の存在は露見していないだろう。さて、太宰はどうだろうか。顔見知りではないから問題無いだろう。

かたり、太宰が席を立つ。 ピピピピ ── … 谷崎くんの携帯端末から呼び出し音。


「ハイ。え…依頼ですか?」


さあて、私は何をすべきか。そうだ、客人に出す茶菓子でも買い出しに行こう。




title あくたい


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