足踏 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
僕のなかに住まう怪獣よ

「どうも諏訪です。19歳、女子です。本日より一番隊?に配属されたって言ってた気がするんですけど聞いた時テレビに夢中だったからよく覚えてなくて…あーこの際お給料貰えればどこ配属でもいいや、とりあえずよろしくお願いします。それよりこの制服のスカートなんなんですか?これで攘夷浪士を斬れと?短くね?いや長くても無理じゃね?重心取るために足ガッて開きたい時どうすんの?ねぇ?スカート破れない?あ!ラッキースケベでも狙ってんすかァ?はー?無理だわー。そもそもここ女人禁制って噂聞いてたんですけど私さっきも言ったとおり生粋の女子で、」
「ペラペラとうるせぇなオイ!」


そいつの第一印象は最悪だった。桜色の薄い唇によくまわる舌を携えて、俺の目を真っ直ぐ見ながら喋り倒す女。そう、本人も言うように女人禁制の此処で、女。漫画だとこういう場合、第一印象サイアクだけど日々接していくうちに意外と良いとこあんじゃんという展開になるのが常だろう。最悪の場合は気色悪いが恋やら愛やら嫉妬やらの色恋沙汰に転がることもある。しかしどうやらこいつにはそういう良いとこあんじゃんのような展開は望めないらしいと俺は早々に気づくことになった。

こいつは腕が立つから総悟んとこに…と、とっつぁん直々にお触れがあったから一番隊に入れたものの、初日 : 支給された刀を速攻で折る。ニ日目 : もし刀が折れたら此処の予備を使うと良いと教えた倉庫の刀を折ってる所を山崎に止められる。一週間目 : 庭に設置された的(誰が置いた?前日まで無かったぞ)に向けてどっちが多く刀を投げてブッ刺せるか総悟と競ってるわその過程で何本も折りやがる。四週間目 : 攘夷浪士をしょっ引くぞ!と連れて行った現場では敵本体はそっちのけで持ってる刀を続々と器用に奪っては折るだけ折って「お仕事しゅーりょー!」とパトカーに乗って帰ろうとするわ……………ッお前やらかしてばっかりじゃねぇか!!良いとこあんじゃんって展開一つでもいいからくれよ!!!


「なんなのお前。刀が餌なゴリラなの?実は刀折ってこっそり喰ってんの?そうなの?」
「紫煙が餌のマヨネーズに言われたか無いですね。毎晩こっそり食堂でマヨチュッチュしてるの知ってますから」
「おま、なに覗き見して、」
「私、刀嫌いなんですよねぇ」
「…………あ?じゃあ何故 真選組に、」
「七つの刀をすべて集めたらどんな願い事も叶うって聞いてサ」
「ドヤ顔で嘘言うなよお前」


こいつをまともに相手をするだけ無駄だろうと溜息を吐く。最初こそ刀を破壊尽くすこいつに俺達の機動力を削ぐスパイかとも思ったが、こいつの敵意の先は何故か"刀のみ"。それに隊士が携えている得物には手出しはしないし、こいつの素行で誰が死ぬこともなく、慣れてしまえば楽なもんで「壊した分の補填代はお前の給料から」だと伝えれば破壊の頻度も比較的緩くなった。とはいえ、一ヶ月に二十本のペースで刀を折っていくから贔屓の鍛冶屋も「そのお嬢さん呪われてんですかぃ?」なんて冗談めかして言ってくる始末。まあいい。一日に十本折られていた当初よりは幾分かマシだ。それにこいつはかなり勘が良い。腕が立つとは言われていたが入隊してからもめきめきと刀の実力を上げている。刀をぶっ壊していくくせに日に日に実力を上げていくとは……皮肉か?

もういい聞いても無駄だ。シッシッと手を振って部屋を出るように促した俺にあいつは言った「この世にある全ての刀をへし折りたいんです」言い終わると同時にへらりと笑うそいつ。何故かその笑顔にそうやっていつも素直に笑ってりゃ良いのになんて柄にもなく思った。そうして笑みを残して去って行った数分後には「副長ぉぉまた刀折られました!」という隊士の声に重なって聞こえるあいつの笑い声にあの笑顔を思い出して心底憎くなるのだが。





時は経ち、それから三年




「……………………副長監視下で働くことになりました。一番隊所属諏訪でーーーす22歳でーーーす…」
「ハキハキしろ」
「チッ…母親かよ」
「あ゛?」


こうなったのには訳がある。それは先週の話。
ついには一ヶ月に十本まで落ち着いた諏訪の刀へし折りレース(これは総悟のネーミングセンスが悪い。俺じゃない)それでも経費が馬鹿にならないとついにとっつぁんからお達しが来た。「このままだと零は幕府から捨てられます」だと。もっといえば「幕府から見放された零は、そのまま最重要指名手配犯として追われる身になります」とまで付け加えられた。これには諏訪の所属する一番隊の隊長である総悟も、俺も、局長である近藤さんも目を見開いたのだった。


「副長。お呼びですか」
「お前なにしてたの?」
「え?」
「最重要指名手配犯」
「ああ、遊郭に居た頃にどっかの星の王様斬り殺しちゃってですねー。そのまま逃げたら指名手配されて」
「ッハァ!?!?」
「てへ」
「なーにが てへ だよ!!」


まるで「とくに理由は無かったんだけど、海で遊んでたヤンキー殴ってみたら追いかけられてさァ困っちゃうよねぇこっちから突っかかってみたとはいえ超お怒りなのウケる」というノリだ。いやどんなノリだよ。そりゃ理由もなく突然殴られたらヤンキーじゃなくてもキレるわ。って、そうじゃなくて、


「よしお前。来週から俺の監視下に置く」
「なぜ」
「お前このまま死ぬつもりか?」
「いや死にませんけど。え?死ぬの?」
「幕府に見放されたらそうなるだろーが!」
「ほう…?」


刀を毎日十本へし折ってく時点で察しはついていたが、こいつは相当イカれているらしい。咥えた煙草に火をつけ、溜息を吐く代わりに煙を肺一杯に吸い込む。襖を背に、小柄な猫背が口を開いた。


「私これでもかなり腕が立ちますし」
「それは認める」
「なんだかんだ言って上手いこと総悟のお守りもしてますし」
「お守りつーか遊んでるだけだろ。精神年齢同じだからな」
「別に好きで刀折りまくってるわけでもないですし。なんなら鍛冶屋の息子と付き合ってましたもん」
「へぇ今日も既に五本折ったと聞いてるがな。あの鍛冶屋のイケメン息子を誑かすとはお前なかなかやる………は?」
「長続きしなかったけど」
「は?え?」
「とにかく副長監視下なんてむーりー」
「はあ?」


え?なんて?鍛冶屋の息子と付き合ってただと?は?こいつ刀へし折ってばかりのくせに一丁前に恋人作ってほっつき歩いてたのか?そういや二十歳の頃、一時期だけ朝帰りしてやがった時があったがあの時は「友達の家で人生ゲームしてた真剣に」とかほざいてなかったか?え?は?いやガチで真剣に人生ゲームしてたの?は?なんも上手くないけど?

嫌だ嫌だと首を振る馬鹿の突然の告白に放心していると、ぽとりと灰が畳に落ちる。副長それ焦げますよ。そう指差されて慌てて携帯灰皿に灰を落とした。ふぅ。とりあえず落ち着け。落ち着いて今必要な事を口にするんだ。落ち着けよ俺。


「………… 嫌な理由を言え。場合によっては斬るぞ」
「え、怖。パワハラじゃん」
「チッ…いいから早く理由を言えっての」
「はいはい理由ですね理由。えーと、副長って絶対束縛激しいタイプですよね」
「あ?」
「だから嫌」
「あ゛?」
「 そ く ば く 。その鍛冶屋のイケメン息子がすんごい束縛激しくて。そういうの性に合わないんですよねぇあーやだやだ」


米神にくっきりと青筋。自分じゃ見えないがハッキリと分かる。物凄く苛ついている。誰が 誰が こんな野蛮で可愛げの無い小娘を


「束縛するわけねぇだろうがァァア!!!!!!」



こいつと出会って三年目。今も尚、最悪という第一印象が覆ることはない。






「─── … 七つの刀を集めて…願い事ひとつで鬼を倒せたら。この世も楽なんだけどなあ、」


桜色の薄い唇。乾燥したそれが小さく紡いだ言葉は、誰の耳にも届くことなく一瞬のうちに空気に溶けて、消えた。







title / あくたい

prev next