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「はいはい二人ともあと七分二十七秒だよー」
「ああ!もう!カウントがいちいち細かいのよ!」
「ほらほらあと七分十一秒ぉ」
「気が散るんで一分前まで口開かないでください」


常用漢字の小テスト。黙々とスムーズに回答用紙に記入する伏黒に対して、釘崎は時折唸ったり考え込むように指でトントンと机を鳴らして忙しない。たった二人とはいえ個性豊かな授業態度だ。どこの学校にもあるよく見る光景を前に、担任の五条は残り時間を確認しようと黒板の上に鎮座した時計を見上げた。そろそろ十時かぁ今日はのんびりだなぁ と、気の抜けた感想を心の中で呟き、それから教卓に預けていた身体を起こす。そこでふとあることを思い出した。


「あ!」
「……あ゛ん?何よ?まだ三分あるわよ」


思わず漏れた声を釘崎が不機嫌そうに拾う。男に負けず劣らずのドスの効いた声に、やっと彼らもいつもの調子が戻ってきたかと、担任として少し安堵した。クラスメイトの死が子ども達に与える影響……それを気にかける五条の心境など露知らず、釘崎は「集中してたところを遮っといて黙りかよ」と悪態を吐いている。ごめんごめん、と五条は軽い調子で平謝りした。


「零が今朝の七時に任務から戻ってきたんだけど、仮眠して一時間後には仕事に戻るって言っててさァ」
「うげ、零さん可哀想」
「僕もそう思ってね」
「……嫌な予感がするんすけど、」


答案用紙から顔を上げた伏黒が眉を寄せて言う。どうやら全て記入し終わったらしい。小中学校レベルの問題もあるとはいえ、制限時間いっぱいまで掛かるように五条自身が作ったそれを時間を余らせて書き終わるのには感心した。で、肝心な会話の続きはというと……


「零がセットしたアラーム、ぜーんぶ解除してきちゃった!」
「やっぱり」


スマホのロックを解除せずともアラームは簡単に解除できる。「五条さん。私仮眠取るんであっち行ってて…煩いくっつかない、で……、すぅすぅ」…若干失礼な台詞を紡ぎつつ泥のように入眠した彼女を思い起こす。十五連勤も後半に差し掛かったところで二日間不眠の地方任務はかなり酷だと言うのに、仮眠後はまたすぐに赴く予定の任務の資料探しときた。伊地知や小町に任せれば良いのに、こういうのも自分で全てやろうとするのは彼女の悪いところだ。


「うわー。もう三時間経つじゃない。零さん寝過ごしてない?」
「野薔薇もそう思う?あはは、零に怒られちゃうなあ」
「笑ってないで起こしに行くわよ!今直ぐ」
「オイ釘崎。テスト終わってねぇぞ」
「伏黒!アンタも学長に叱られてしょげる零さんを見たくないでしょ!」


それに比べたら小テストの最後の振り返りなんてどうでもいいわ!そう勢いよく教室から出て行こうとする生徒に、はて?と首を傾げる。一体野薔薇はどこに行くつもりなのだろうか……二秒ほど考えて、ああなるほど、と納得した。


「野薔薇どこ行くの?零は高専には居ないよ」
「どこって仮眠室……── え?高専じゃない?」
「うん。僕ん家」
「へぇなら早く五条先生の家に……って、ハァ!?」
「あんぐりじゃん。ウケる」


恵が溜息を吐く。幼い頃から交流のある彼ならなんとなく察していただろう。じとりと見てくる視線を受けながら笑いを耐えるのは至難の業である。


「零なら僕の家で寝てるよ」
「いや二回言われても理解できないんだけど」
「だから電話して起こしてあげよっかー」
「付き合ってんの?」
「いんや。付き合ってない…── あ、零?」


スマホのスピーカーをオンにする。これは生徒達の前だと恒例になっている行動だった。なぜなら五条の生徒達は零に電話をする度に会話に割って入ろうとするほど懐いているからである。スピーカーにしていつでも声を拾えるようにすると喜ぶのだ。その筆頭である野薔薇はなぜか黙りで、いつもなら野薔薇と一緒に騒ぎ出す悠仁はここには居ない。こういう時に突っ込みに徹する恵は、騒ぐクラスメイトがいない故に静かである。必然的に、零は五条が一人で居ると思っただろう。いつもなら硝子や七海にするように先輩を敬って敬語を使うけれど、今は気を抜いた口調になっている。


「起きた?」
『んん、今起き……は?待って、十時!?』
「仮眠にしては随分と寝たねぇ。すっきりしたんじゃない」
『ねぇちょっと…これ……アラーム止めたの五条さんでしょ』
「自分で止めたんじゃない?」
『…嘘つかないで。……一発殴らせろ』
「ヤダこわーい。死にそうな顔した零ちゃんを労わりたかっただけなのにぃ』
『五条さん。そういう嘘の心遣いはもっと笑い声抑えてから言うものだよ?』


寝起きの掠れ声のまま、少し疲れが取れたのか流暢に突っ込んでくる零。視線を感じて野薔薇を見れば「なんだこの大人達。訳が分からん」と顔に描いてあった。素直でよろしい。


「ふふ。まあ大丈夫でしょ。午前の任務は七海に振ったし」
『え!?』
「午後から合同任務で合流でしょ?」
『そうだけど、』
「なら零と七海どっちが行っても同じじゃん。それに七海、昨日は午後休だったから元気だろうし」
『…うっ…寝過ごして先輩に代わってもらうなんて…七海さんに呆れられたら立ち直れない…』
「可愛がってる後輩にそんなこと思わないと思うけど」
『私にも後輩としての理想像というものが…』
「なに面白いこと言ってんのー」


ごそごそと動き回る音がして、それから「メイクもキレイに落ちてる!?」と声がした。そう、この僕がこの方がさっぱりするだろうと思って丁寧に落としたのである。


「七海から伝言。今日の午後は補助監督についてもらうから運転は控えるように、だって」
『居眠り運転なんてしないもん』
「ダメでーす」


軽くシャワーでも浴びることにしたらしい。扉を開ける軽快な音がする。僕の家で軽い音がする扉は風呂場くらいだからすぐ検討がついた。そろそろ通話もおしまいだろう。その予想は当たりで、急いで準備するから切るね、と零の可愛らしい声が教室内に響いた。直に聞く方が可愛いのだけれど、電子機器を間に挟んでも可愛いなんて全く罪な子だよね。


『あ!そうだ。帰りがけにこの前五条さんが美味しそうって言ってたケーキ屋さん寄るね。派遣先が近くなの。なに食べたい?』
「マジ?やった!なら僕ショートケーキとチーズケーキとブリュレ!」
『クリームがたっぷり乗ったプリンもあったよね』
「あ、じゃあそれこの子らに買ってきてよ」
『え?この子ら…?』
「恵ィ野薔薇ァ。ほら、おねだりタイムだよ。いっぱい買ってきてもらお」

「まじ!?ガトーショコラ!」
「パイも美味しそうでさ。ほら野薔薇、パイもガトーショコラも欲しいって言って」
「それ先生が食べたいだけですよね」
「そんなこと無いよ。ね、零?」
『…………』
「零?」
『……五条さん。私、横浜に帰ります』


子どもたちに聞かれていることにやっと気付いたらしい。家出の宣言のような台詞は、さながら夫婦喧嘩をしているみたいだ。零の傍は寝ても起きても心地が良いので本当に帰られたら困るのだが、どうしても揶揄ってしまいたい衝動が抑えきれない。


「なんでよ。もういろいろと遅いから諦めて」
『またちゃんとした大人から遠ざかってく…!』
「何それ」
『五条さん覚悟してくださいね。強めに殴りますから』
「わー。怖い」

「今の声キモッ!つーか、先生って無下限あるから殴られないでしょ」
「それがねぇ。この子は例外なの。拳が来るって分かってるならどうにか防げるんだけど、不意打ちなら当たっちゃう」
『そういうこと。野薔薇も恵も五条さんのこと殴りたくなったら遠慮なく言ってね。代わりに私が三倍で殴りつけるよ』
「伏黒。私よく分かんないけど零さんが怖くなってきたわ」
「気付くのがおせーよ。この人、五条先生に膝カックンできる唯一の人だぞ」
『嫌な名誉』


もう遅いというのに余所行きな敬語で話し始める。随分と気が緩んでいるところは教え子たちの脳裏にしっかりと焼きついたことだろう。しめしめと思いながら深く頷く。なんていうかこう外堀から埋めていくのも有りだなって。


『ああもうこんな時間。今度こそ切ります』
「うん。怪我しないよーにね」
『はい。でもある程度は許してください』
「えー?やだ。心配するじゃん」
『はいはい。怪我しないように頑張りまーす』


普段は単独で任務に就く零は、出戻った後の七海とは任務をよく共にしていて、あんなに嫌がっていた"一人じゃない"という状況を意外とすんなり受け入れていた。学生の頃には考えられないそれに最初は誰もが驚いたけれど、七海以外の術師に関してはこれまで同様に拒むから、一時期は「二人が出来てるのでは」なんて噂が立ったものだ。そんな噂は即火消ししたけれど。
しかしまあ、敵に限りなく接近して祓う方法を取る二人はやはり怪我をする頻度も多くて。七海は頑丈だし硝子の反転が効くからあまり気にしてないけれど、零の、簡単に折れそうな華奢な身体と怪我をすればそれがすごく目立ってしまう白い肌を思い起こせば心配にもなる。


「死んじゃ駄目だよ」
『……善処します』
「なに今の。七海みたいで可愛くなーい」
『はいはい切りますよー』
「ちょっと!……あ、切られた」


無慈悲に切られた通話に耳からスマホを離す。自分が思うより零との会話を楽しんでいたのか、「あんだけ喋っといて何しょげてんのよ」そう野薔薇の呆れたような声が聞こえた。通話中は静かだったが、紙の上でシャーペンの先を再びトントンと鳴らし始めたことに本人は気付いているのだろうか。


「何時に帰ってくるかなー」
「うわ。付き合ってもない相手を想ってニヤニヤしてる大人キモい」
「ちょっと野薔薇ぁ辛辣ぅ」
「五条先生、家でも零さんにベタベタしてるんですか」
「なーに恵。気になる?気になっちゃう?」
「やっぱり良いです。気になりません。ウザいんで」
「何だよ二人とも。僕の惚気聞いてくれても良いじゃん」
「付き合ってもない男女の惚気をどんな気持ちで聞けっつーんすか」
「せんせー。そこらへん大人としてちゃんとした方が良いわよ」
「うん。その内ねー」
「ねぇ伏黒。こいつ本気?テキトーすぎない?」
「コラ。担任に向かって、こいつはダメでしょ」
「説教されたくねー」


座った姿勢から顰めっ面でこちらを見上げてくる生徒二人に、少し困ったように頬を掻く。二人が言いたいことはもちろん分かっているし、大人として駄目な手本を見せているのも気付いている。だけど僕と彼女の関係は、気持ち一つで先に進められるものでも無いんだよなぁ……そもそもあの子そういうのに疎い…と思考を巡らせた。
なんとなく手元のスマホに視線を移す。ロック画面は零と映画を観に行った時に買ったパンフレットの裏表紙。久しぶりに大当たりの作品に出会った喜びから、珍しくパンフレットを買ったのだ。私と五条さんで二冊買うなんて言うから、一緒に読むんだし一冊で良いでしょなんて会話をした思い出。特にこだわりは無かったからなんとなく目に入ったそれをロック画面に設定したのだった。
このパンフレットは僕の部屋でDVDと一緒に棚に並んでいで、たまに零が嬉しそうに手に取っているのを見る。それから「これを映画館で観れたのは良かったね」なんて話すのだ。どうしてかその会話には飽きなくて、よくそのやり取りをする。久しぶりに映画館デートしたいなあ。

じゃ、そろそろ。


「で?零さんと一緒に住むなんてどういう、」
「はいとっくに時間切れー。テスト終了でーす」
「げ」
「野薔薇、途中から時間稼ぎしてたでしょ」
「げ。バレた?」
「もう誰?こんな悪知恵吹き込んだのは」
「零さんの話題振れば時間が稼げるぞって教えてくれたのは硝子さんでーす!」
「あいつー」
「バレてもどうせすぐ同じ手に引っ掛かるよ。じゃんじゃん使いなって言ってましたー」
「さすが同期よく分かってる。罠だと分かってても乗っちゃうよね。時間が許す限りずっと語ってたい」
「うわ引く」
「引っ掛かる気満々じゃないっすか」
「彼氏じゃない男が自分について語ってるって、零さんの気持ちも考えた方が良いわよ」
「散々な言われよう。うーん…あの子も慣れてるし良いんじゃない?」
「反省する気ねーなこの人」








title 草臥れた愛で良ければ