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虎杖悠仁が死んで、それから生き返った。なんとも理解し難い一連の流れは、あまりにも突飛過ぎて笑うしかない。出番を失い、舌の上に乗せたままだった呪力を飲み込むようにして体内に離散させれば、ふわりと身体が浮くような眩暈がして思わず顔を顰めた。いつまで経っても身体が呪いという異物に慣れてくれない。


「……零」


私の顰めっ面に気付いた五条さんが低い声色で私の名前を呼んだ。


「あの呪符が必要になる。用意できたら伊地知に渡して」
「、はい。直ぐに」



恐らく五条さんは悠仁を匿うつもりだろう。悠仁が死ぬことになった任務は、上の仕組んだものだとすぐに想像がつく。生きていると知れば、また同じ事が繰り返されるのは私の経験上よく知れたものだった。そう簡単に死なないくらいに強くするには、邪魔が入るのは避けたい。
帳ひとつですら任務に支障が出るほど呪力を消耗する私は、代替として呪符を用いることがよくあった。五条さんはそれで悠仁を隠す算段だろう。



「それから、僕が来るまで高専から出るな」
「………先に帰っても」
「これは先輩命令だよ」
「談話室にいます」
「うん。素直でよろしい」


眩暈はとっくに治っていた。けど、ほんの数秒の違和感を五条さんは見逃さない。
不穏な空気に伊地知と硝子さんが目配せし合ったことに私も五条さんも気付いていたけれど、それを指摘するなんて野暮なことはしなかった。


「零さん?」
「悠仁。また後でね」


首を傾げ、きょとんとした表情でこちらを見る悠仁に、緩く手を振って部屋を出た。








「あー。報告修正しないとね」
「いや、このままで良い」


また狙われる前に悠仁に最低限の力をつける。だから時間が必要で、その為には記録上死んだままが都合が良い。

隣を歩く硝子がさして興味は無いというように口を開いた。


「じゃあ虎杖がっつり匿う感じ?」
「いや、交流会までには復学させる」
「何故?」
「簡単な理由さ。若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりともね」


こちらを見ることなく横を歩く硝子に視線をやれば、相変わらずの落ち着き様で「そう」と軽い相槌を打っていた。硝子が思い出す青春には一体誰がいるのだろうか。僕や傑は勿論だけど、やっぱり零や歌姫が大部分を占めていそうだなあ。


「五条」
「んー。なに?」
「零をあまり責めるなよ」
「………」


歩く速度を落とした僕を追い越して硝子がこっちを見る。返答のないことは予想していたようで、気にすることなくまた口を開いた。


「小町の時、あの子が泣くほど叱りつけたのは私らだ。だから零は灰原の遺体を前に何もしなかった」
「………」
「それをずっと後悔してるんだよ」
「……うん」
「私達がそうさせたんだ」
「うん」
「だからきっと次は誰が何と言おうと零は術式を使うだろうって予想はしてた。五条、お前も分かってたろ」
「……うん。分かってたよ」


手遅れだった小町を前に、呪力が空っぽになる程に強力な術式を使った零を思い出す。死にかけた零をどうにか繋ぎ留めたのは彼女のなかに存在する僕の呪力だった。感じるのは弱っていく零の存在…命、意識。手に取るようにそれが分かって、その時に僕が確かに感じたのは恐怖だった。……縛りを交わしていて良かったとあれほど安堵したことはない。


「僕より先に死んじゃったらどうしようって怖くなるよ」
「馬鹿言え。お前がそれをさせないんだろ」


ゆっくり目を細める。目隠し越しで硝子は気付いていないだろう。時々湧き出てくる、不安と恐怖が今目の前に居る。

彼女は大義となればきっとすぐに身を差し出す。子どもの頃にした口約束程度の軽い縛りも、日々を積み重ねていけば強固になるけれど、それを覆すのは至極簡単なのだ。


「じゃ、私は戻るよ。何かあったら言いな」


僕を追い越したまま、そう言って硝子は手を振った。








「零」


名前を呼ばれて顔を上げると、大きな手が差し出された。迷わずその手を取れば、ゆったりとした動作で私の手を優しく包む。


「悠仁は不便じゃないかな?」
「あれだけお菓子やジュースを買い込んだから大丈夫でしょ。暫くはパーティー三昧だよ」
「年頃の男の子はよく食べるからなあ」


呪力コントロールの訓練をすると聞いて、映画を見るならお菓子とジュースが必須だろうと差し入れをしたのだけれど、悠仁に「……えっと…出世払いでいい?」と冷や汗をかかれた程に買い込みすぎてしまった。私が好きで差し入れたのだからお金の心配はしなくていいよ、と答えたけれど多分あれは「そういうことじゃない」って顔だったな。学生時代の男子の食べる量を思い出すとあれが妥当だと思ったんだけど。


「恵はそうじゃなくない?」
「そう?恵もよく食べるよ」
「僕の前だと遠慮して食べてくれないんだよねぇ」
「あ。目の前で甘味を大量摂取されると胃がもたれるって言ってたや」
「なにそれー。ひどーい」
「五条さん、顔顰めてる恵が面白くてわざとやってるでしょ?」
「ふふ。バレてるね」
「恵にはバレてないから安心して」


とっくり夜は更けていて、五条さんの自宅の大きなソファに二人並んで座る。特に観たい番組もないから録画した歌番組を流し見していた。

五条さんがふと息を吐いて、それから私の肩にもたれ掛かる。お風呂から上がってドライヤーで乾かしたばかりの髪がさらりと首に触れて擽ったい。


「疲れてる?」
「久々にはしゃいじゃったからねー」
「特級呪霊相手にはしゃぐって…」
「あれは零も興味持つと思うよ。とくに助けに入ってきた奴なんて不思議でさァ」


悠仁のゴタゴタだけでなく、今日は特級呪霊の相手もしたらしい。学長との会食を終えて高専に戻ってきた五条さんは何だか楽しそうで、それほど興味を惹く相手だったかと相槌を打った。自宅に帰る車内でも、助手席に座る五条さんは鼻歌まじりだった。
もちろん、会話もできる特級呪霊は私達にとって脅威であることは五条さんもちゃんと理解している。ただ純粋に五条さんが楽しそうにしている姿を見ると、これがスマホゲームみたいな画面越しの非現実的な会敵なら良かったのにと思う。


「五条さん」
「、なあに」
「今日は…ごめんなさい」


硝子さんが庇ってくれたのだろうか。静かに怒りを露わにしていた姿はすっかり鳴りを潜めていて、毒気の抜けた姿はまるで私のしようとしたことを忘れているようだった。そう振る舞っているだけなのは分かっているけれど。


「零」


五条さんが身じろぎをする。もたれていた頭を持ち上げたと思えば、首筋にぬるりともざらりともした感覚が突然襲ってくる ── …… 甘い氷菓子を舐めるみたいに、何度も何度も。


「ッ、…ちょっと、五条さ、」
「黙って」
「…っ ──、」


息を吐いて僅かに唇を離した隙に、すかさず首に手をやって次の動きを阻止する。五条さんが、私のその動きを上目遣いで問い詰めてくるけれど無視だ。


「手どけてよ」
「やだ」
「別に初めてじゃないのに」
「、…そういう関係じゃないでしょ…っ、!」


ならばと、にやりと笑った五条さんが手の甲に齧りついてきた。は?ちょっと何してんの?驚きに名前を呼べば、痕のついた場所をぺろりと軽く舐めて、また意地の悪い笑顔を浮かべて見上げてくる。


「噛んじゃった」
「なにして、」
「痛い?」
「痛くはないけど…」
「そう。僕は痛かったけどね」
「………」


お前が死ぬのは嫌だよ。でも大切な人をどうやってでも護りたいってお前の気持ちもよく分かる。でも嫌だ。


「零が大切で、大事で……尊重したいけどお前が傷付くことに賛成なんて出来やしない。僕がこんなに葛藤してるってこと、知らないふりなんてさせないよ」


息を呑む。笑ってはいるけれど、私のなかの呪力が密かに揺れたことで彼の動揺を確かに感じてしまった。分かってた。分かってはいたけれど、私はそう、彼の言う通り知らないふりを通そうとしていた。私の行動が間違ったことだと、心配かけたことを謝れば良いなんて、そんな簡単じゃないことを私は理解した上で無視していたのだ。


「心がさ。こんなに痛いのに」
「……五条さん」


私のなかを見るように細められた瞳から目を逸らし、その唇が音を紡ぐのを見遣る。


「悟」
「さと、る」


時々こうやって昔みたいに名前で呼ぶように促されることがある。そんな時の彼の気持ちを汲み取るのは何度も試みているけれど、至極難しい。
悲しいのか、怖いのか、今よりももっと簡潔な関係だった子どもの頃を懐かしんでいるのか、絶望しているのか、私には分からない。きっと彼も、まだ知らなくて良いと思っているだろう。

けど、これだけは理解している。彼もそれを望んでいる。


「死なないでよ」


この淀みのない真っ直ぐで、祈るような言葉を、受け入れて欲しいと。


「悟、私はそう簡単に死ねないよ」
「僕がさせない」
「うん」


けれど私は、それを抱えて生きる術を知らずにいる。









title 大佐