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(伊地知視点)



零は私や小町にあまり頼み事をしない。学生時代から補助監督の引率無しでたった独りで任務についていたから周りに頼ることに慣れていないのだと思う。
それにしても、毎日いや毎秒、胃が痛くなるほどの無茶振りをしてくる五条さんとは昔から一緒にいるというのに…何故こうも違うのか。

私達がまだ高専一年のとある日に、同期三人で赴いた任務中に死にかけたことがあった。特に小町は家入さんにも手に負えず、死の淵にいた彼に誰もが生存を諦めた程だった。
あの日から零のその頼らない性分が顕著になったようにも思う。それからは私と小町が怪我を負うことを極端に嫌がり、三人まとめて同じ任務に就くと知れば何も言わずに一人で出掛けて、相談もなく単独で任務を終わらせて帰ってくることも何度かあった。その度に担任に拳骨をもらっていたけど「一人の方が楽だもん」と、そう話す彼女の瞳はいつも怯えを隠すように暗く伏せられていることを私も小町も気付いていた。女の子が一人で行くには危険な夜の街も、大人ですら危険な暗くて深い森の奥地でも、彼女は補助監督も同行しないまま独りで任務をこなす。


そんな零が、高専を卒業してから稀に私に頼るようになった。頼み事は大体いつも同じ。


「伊地知。お願いがあるんだけど…三日分、五条さんの任務を私に寄越して」
「今回は ──」
「限界手前って感じ。上手く隠してるけど…倒れる前に休ませたい」
「分かりました」


五条さんは飄々として掴みどころがないから、こうやって零が教えてくれなければ疲労困憊なんて気付かないだろう。自分の任務が零に変更されたことを事後報告で知れば多少の文句はあれど、今回も意外とすんなり引き下がった。それほど身体が悲鳴を上げているのだ。まともな休みなんて存在しないに等しい特級術師の、たった三日の休息。それがどれほど貴重で、手に入れるのが困難なものなのか ── … 彼等を支える立場として、経験を積めば積むほど理解する。特級案件とは言わずとも、この世には限られた術師にしか祓えない呪いがごまんとある。


「…特級任務?あいつ!また、」
「小町」


聞き覚えのある声に振り返る。事務室に入ってきた小町が手にしたタブレットを何度かスクロールさせたあと大声を上げた。談話室で任務日程を擦り合わせる零の元に今にも乗り込みそうな勢いの同期の名前を呼べば、踵を返しかけた状態のままこちらを見た。


「よう伊地知。零に入ってるこの任務、五条先輩のだろ」
「はい。一回くらいなら良いでしょって零が自分で修正を」
「あーあ。これで死んだら五条先輩怒り狂うな」
「ちょっと小町、縁起でもないことを言わない」
「あいつ今週の任務ギチギチに入ってたろ。どーやってんの」


諦めたように自分のデスクに腰を下ろす小町。彼の仕事机は私の真隣りで、偶然にも学生の頃と同じ配置である。更に反対側に零の席があれば完璧だが、生憎彼女は主に現場がメインな為、席はない。
そんなことをふと考えて、ある時「隣ぃ?後輩も先輩もいる中でわざわざ?アンタら本当に仲が良いわね。もしここに零のデスクがあったらそれも並べてるでしょ」と出張で東京校に訪れた庵さんに呆れた顔をされたことを思い出した。そういえば、二人のデスクに置いてあったある物を見て「うわ懐かしい。アンタらずっとそれよね」と溜め息まで吐いていたような。


「それは、"個人的に冥さんを雇ってブッキングしてる任務は依頼するから大丈夫"だとか」
「はぁ…一級で稼いでるってのに金の使い道がいつもそれだよ…」
「アハハ。でも乙骨くんも不在の今五条さんの代わりが務まるのは零しかいないので私もある程度は賛成ですよ」
「伊地知ぃ」
「五条さんが倒れたらそれこそ痛手。零に無茶して怪我しないようにと念押しするしか私と小町に出来ることはないですね」


たった三人だけのクラスメイト。その中で唯一の呪術師である彼女の姿を思い浮かべる。とくに近接や呪具の扱いに関して五条さんに次ぐ程の実力を持つと囁かれる零の弱点を私も小町もよく知っていた。

「この間さぁ。零の任務についていったろ」
「五条さんが無理やり調整させたアレですね」
「お前も大変だよな」


小町の穏やかな笑い声が室内に響く。大人になると忙しさにかまけて交友関係を疎かにしがちで、人の出払った同期二人だけの空間はどこか懐かしさと温かさと少しの擽ったさがあった。


「あいつ怯えてた」
「………そう、ですか」
「でもすぐに切り替えて一年の三人に呪霊祓う手本を見せてたよ」
「それは……あまり想像つかないなぁ」
「だろ?きっと五条さんに何か言われたんだろうな」


「危険だからこれ以上は近寄らないで」そう子ども達を牽制し、遠く安全な場所に待機させる姿を想像していたばかりに小町の発言に驚く。偶にあるのだ。五条さんはどんな魔法を使って、あんなに繊細で怖がりな零を安心させているのかと首を傾げたくなる時が。


「強くなったよな、あいつ」
「精神的に?」
「まあ、それも」


ずっと昔まだ口調の荒かった頃の五条さんに言われたことがあった。「零の弱点は伊地知と小町お前ら二人だよ。なあ、お前らその自覚ある?」と。ピンとこなくて首を傾げたら舌打ちをされて思わず、すみません!なんて謝った。


『零はこれからもっと強くなる。強くする。あいつを死なせない為には殺せるのは俺だけだって事実が必要だからな。だからお前らが一生あいつの弱みで居続けるつもりなら、今すぐ呪術師も補助監督も辞めろ』


五条さんの言葉の噛み砕きその意味を理解した時。まるで心臓に錘がついたようにずしりと重く苦しくなった。共に学生生活を過ごすなかで薄れていた認識だが、零は罪人で死刑待ちで、五条さんがそれを執行する立場なのだ。そして五条さんは零が一分一秒でも長く生きられるように、五条悟しか執行できないように、零に強くあるように願っていた。あれから何年も経ってすっかり大人になっても、あの学生時代の五条さんの言葉を忘れられない。それから小町の発言も。


「五条先輩。アンタはあいつが任務に行く度に死ぬなと言うけど、それは零にとって残酷な言葉じゃないですか」
「……は?」
「小町!」
「五条悟より強くなってしまえばその存在を危惧する上層部は全勢力をもって零を排除するだろう。しかしそれが、大勢の術師以上の強さを持つが五条悟に及ばない場合は違う。絶対的強さを誇る五条悟が存在する限り、術師が命を賭してまで殺し合う必要はない。だから零は辛うじて生きることを許される……零が優しいのはよく知ってるでしょ。あいつはいっそのこと死んで償うべきだと思ってるのに、アンタがそれを許さない」
「………」
「五条先輩が居るからって放っておくような連中じゃない。実際に毎日の任務は殉職想定で割り振られてる。罪の意識と実力に合わない任務をあいつは…」
「小町!いい加減に!」
「いいよ伊地知。小町もお前も吐き出さないとやってらんねぇだろ」
「……、」



小町の苛立ちは理解できたし、小町の言葉に眉を寄せ静かに怒りを湛える五条さんの気持ちだって理解できた。どちらも根本的には零が生きていく道を案じているのだ。
私は。── 私はどうだろう。不思議と怒りも苛立ちも湧かず、睨み合う二人に交互に視線を移して思案する。

例えば、怪我をした時。例えば、術師に同行した実践実習で上手く立ち回れず叱られてしまった時。高専に帰ってきて今日はこうだった等と雑談するなかで悔しさや愚痴を吐露すれば、彼女はいつも小さく笑って「大丈夫だよ」と言ってくれる。限界まで膨れ上がった不安を押し殺して微笑んでいることにはとっくに気付いているのに、私や小町はその笑顔に救われた気になるのだ。
だからこそただ単純に「死んでほしくないなあ」と思う。


「伊地知さーん。あれ?仕事中?あ、小町さんもいる」
「虎杖くん」
「難しい顔してんね」
「五条先輩のせいで胃が痛いんだってさ」
「ちょっと小町」
「…伊地知さん…大変だね…」
「虎杖くん、これは違うんで安心してください」
「そ?ならいーけど」


同期と二人きりの空間に虎杖くんの明るい声が響けば、過去の記憶から意識が強制的に引き剥がされる。昼頃に一年の三人は一緒に任務に出ていたはずだが、もう終わったのだろうか。割り当てられた任務は軽いものだったが想定より早い帰りに成長を感じて、なんだか誇らしく思った。


「虎杖くん、どうかされましたか?」
「うん。報告書と、あとこれ。どーぞ」
「?」
「零さんが二人にって。さっきすれ違ったから預かったんよ」
「ああ。そうでしたか。ありがとうございます」
「サンキュ」


受け取ったのはコンビニの新作ドリンクだった。へぇ期間限定のココアか。紙タイプの容器に書かれた文字を追いながら小町が呟くのを、虎杖くんは不思議そうに見ていた。


「小町さんって甘いの苦手そうに見えるけど。意外と好きなの?」
「いんや苦手」
「なのに零さんからココアの差し入れ?」


首を傾げる虎杖くんに思わず、フフッと声を出してしまう。零からの差し入れをデスクに置けば、ずっと前に同じように置かれた── あの時は確かプリンだったような気がする ──コンビニの新作商品を見て溜め息を吐いた庵さんを思い出したからだ。


「これは学生時代からの一種の習慣というか」
「習慣?」


学生時代のある時、女子高生向けの雑誌を読みながら「なんかこう、流行りっぽい何か、したい」と零が呟いた。あの頃はテレビや雑誌での大袈裟なオカルトブームが影響したのか呪霊の出没が頻発して疲弊しきっていたから、三人で教室に並んで座っている時間は貴重だった。

「流行り?」「最近の私達って学生らしいことなーんにもしてない」「数週間もすりゃ落ち着くだろ」「今すぐ流行りに乗りたい。そんな気分」「そうは言われても…」「俺らも流行りなんて知らないわ」「だよねぇ」「この雑誌に書かれてません?」「伊地知。これは一昨年の雑誌だからここに書かれた流行りはもう廃れてるよ」「そんなぁ」「流行りは繰り返すって言うだろ」「こんなに周期早いわけなくない?」「分かんの?」「分かんないけど」「なんだよ」そんな会話をしたあと、世間から隔離された奥地で流行りを追っても仕方がない。それは諦めて、せめて学生らしく質素で小さなトキメキを探そうということになったのだ。

例えば動画サイトを漁って気になった曲なんかを教え合うとか、コンビニで気になったお菓子を買って三人でシェアする、とか。「あー、お菓子いいね」「コンビニって高いって言うじゃん。贅沢すぎるかな?」「スーパー行きます?」「遠いからパス」それぞれ別々の任務の要請で会話は強制終了されたけれど、その日から時々、コンビニで三人分のお菓子や飲み物を買ってお裾分けするようになった。いつもあるような商品だと飽きがきて、選ぶものが新作や期間限定になってきたのは言うまでもない。好きなものや苦手なもの等は関係なく、あの日の会話を今でもダラダラ続ける為になんとなく目が留まれば買ってしまう。そんな感じ。


「へぇなんか面白いね」
「内輪の感覚だからうまく伝えらんないけどな」
「大人になっても続く友情ってやっぱ良いよなぁ」
「ふふ。虎杖くん達もきっとそうですよ」
「伏黒も釘崎もいい奴だし、俺もそんな気がする!」


俺これから授業あるから!じゃーね!陽気な余韻を残して事務室を後にする虎杖くん。素直で元気があって、あまりこの界隈では見ない明るい性格がとても眩しい子だ。


「俺ら何の会話してたっけ」
「零が五条さんに代わって仕事してるって話です」
「あー、そうだった。これ直接渡しに来ないのも俺に叱られるって分かってるからだな。あいつ」


ココアを見て小町が呟く。ふとスマホが震えたことに気付いて画面を確認すれば「小町は任せた」と零からメッセージが入っていた。小町の言う通り、五条さんの特級案件を引き継いだことがバレるのも時間の問題だと私達に接触するのを敢えて避けているらしい。でなければ、高専内にいるのにわざわざ虎杖くんにココアを預けたりしない。勘のいい小町に、零からメッセージが届いたことを気付かれないようにそっとスマホを仕舞う。


「零が精神的に強くなった話もしてました」
「……あいつが五条先輩を中心に生きてるの、気に食わないなぁ」
「はは。本音が出ましたね」
「五条先輩のおかげで今日まで無事に生きてる事実も気に食わない」
「あんまり五条さんを煽らないでくださいよ。小町が逃げると私が大変なんですから」
「あはは!いつも悪いな!」
「思ってもないくせに」
「くくッ」


死んで欲しくないと思う。零から貰ったココアを眺めていれば、全く同じパッケージのそれが小町の手で横並びに揃って置かれた。バーコードの上に貼られたシールのコンビニ名を読み取り、少し考える。そうだ、明日出勤前に別のコンビニに寄って新作商品でもチェックしよう。


「零と小町の分だけ買ったら五条さん拗ねちゃいますよね」


零は普段あまり人を頼らない。珍しく頼み込んで来たかと思えばそれはいつも五条さんを気に掛けた内容だ。そんな二人の関係性は一見すると複雑そうに見えて案外単純なものだけれど、纏わりつく柵がそう簡単には取り払えないものであることも事実。
小町も私も零の犯した罪の重さを良く知っていた。彼女が起こしたとされる惨劇に対する五条さんの見解は上層部と異なるが、彼が再調査を申し出ても頑なに上はそれを拒む。五条さんと上層部のやり取りをこの目で何度も見てきたからこそ、彼女を取り囲む世界がどれだけ残酷か理解しているつもりだ。


「いつものことだろ。五条先輩は悔しがってればいい」
「ふふ。そうですね」


あれからも変わらず彼女の弱みであり続けたままの私達。五条さんのように彼女を勇気付ける魔法は持っていないけれど、彼女にとって小町や私が一秒でも長く生きた理由になれたら良い。だからこそ、強くて優しくて怖がりな同期を大切にしたいと思う。





オリキャラ紹介 : 小町洋太




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