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「零起きて」
「…、ん」
「ほら仕事に遅れちゃうよ」
「さと、る、?いま何、時」


暖かい優しい声と頭を撫でる大きな手。夢を見てるみたいに心地良くてずっとそのままでいたいなんて思う。悟の優しさは昔からどこか不器用だけど、それがなんだか、


「………っ、は?」
「おはよー」


聞き慣れた低い声が耳元で響いて擽ったい。身を捩って今日の任務はなんだっけ…と考えたところで気がついた。目を開ければ、すぐ目の前にはにこにこと笑顔を携えた男………は?


「五条さん何してるんですか?」
「ん?零がウチにいなくてトンできちゃった」
「不法侵入」
「今更でしょ。ところで零。なんで自分ん家にいんの?」
「自分の家だからです」


この男が私の家に勝手に出入りするのは今に始まったことではない。七海さんあたりには正気かと言われそうだけど、この男にそれを言っても通用しないだろう。きっとそう返せば七海さんも納得すると思うが「零はもう少し危機感と言うものを持ってください。五条さんをまともに相手したらつけ上がりますよ」と七海さんの説教が始まりそうなので言えないけれど。……えっと私何の話してたっけ?


「僕の部屋使えばいいのに」
「それ、硝子先輩や七海さんにドン引きされるのでやめてください」
「なんで?二人も"五条と零だからいいか"ってなると思うよ」
「ならないでしょ」


不法侵入を指摘すれば、されたくないなら自分の家に住めと提案してくる。なにがどうなったらお互いに独身の男女が同じ屋根の下に?という至極まともな疑問はこの男のなかにはないらしい。「おかえり」とか「ただいま」とかって会話、良いよねぇとにこにこしている。……まともに相手してたらダメだ。


「僕に起こされるなんて贅沢だよね」
「……わざわざ横浜まで来たのはモーニングコールする為ですか?」
「ふふふ。さすが零、話が早い」
「マンションの屋上に気配感じますし…。シャワーしてくるのでココアでも飲んでてください」
「作ってくれるの?」
「自分で作ってください」
「ぶー。優しくない!」
「優しくしたいと思えるような行動しないからです」
「ちぇっ。なんか今の台詞、七海みたいで気に食わないな」
「じゃ、シャワー行ってきます」


完全に覚醒するためにはシャワーの力を借りるしかない。昨日も数件の任務を片付けたあと、明け方に帰宅した私はかなり寝不足気味である。


脱衣所で身体を乾かしながら、遥か頭上で動く呪力の気配を数えた。いち、に、さん、…四人?これは恵と悠仁と…そこまで嫌な予感に肌が粟立つ。屋上、なぜそこに居るのだろうと考えたのがダメだった。


「五条さん、まさか小町にヘリ用意させた…?」
「あれ?もう終わったの?」


まだ濡れたままの髪をタオルで拭きながらリビングに戻る。大きな身体をソファに沈めてテレビをザッピングしていた五条さんが私に視線を向けた。


「私をどうするつもりですか」
「そんなに怒んないでよー。ちょっと零の任務に一年を同行させたくてね。今日の最初の任務は県を跨ぐでしょ。だから小町が付くように伊地知に調整させた」
「ヘリには絶対乗りたくない」
「高いとこ苦手なのはいつまで経っても変わんないね」
「五条さんのせいですけどね!」
「あはは。あれは僕も零のせいで肝を冷やしたから同罪だよ」
「んなわけないでしょ。五条さんが悪いです」


初対面から何度か言葉を交わして呼び捨てで話せるくらい仲良くなった野薔薇と、それから私と伊地知の同期である小町の呪力を感じて、目を細める。

小町洋太、どんな乗り物も彼の腕にかかれば簡単に運転・操縦できる。なんでも来いな便利な補助監督であり、私と伊地知の高専時代の数少ないクラスメイトだ。小町は補助監督の例に漏れず忙しくしているからそう簡単には捕まらないはず。これは伊地知にかなり無理させたなと五条さんを睨んだが、痛くも痒くもないという顔でこちらを見つめ返してくる。


「五条さんもついてくるの」
「僕は九州に出張。その間、僕の生徒をよろしくねって挨拶しに来たんだよ」
「ふうん」
「あ、寂しい?」
「全く」
「辛辣じゃん。あ、そうだ。僕が居ない間、家使っていいよ。なんなら"おかえり"って待ってても」
「んー。考えておきます」
「嫌がらないんだ」
「自分ん家に不法侵入されるよりマシかと思って」


軽くメイクをして姿見で全体を確認する。動きやすい服装は、カジュアルに見え過ぎず社会人感を損なわないように気を付けている。いつだったか硝子先輩に「ちゃんとした大人って感じで良いじゃん」と褒められたことが死ぬほど嬉しくて、いくら忙しくてもこの意識を忘れずにいたいと心に決めたのだ。


「自分の車で行きたい」
「だめ。車で行くとなると最後の任務が終わる頃には深夜をまわってるよ」
「子ども達は早めに帰します」
「三人とも零さんの任務に最後までお供します!ってやる気に満ちてんの。最後まで同行させてやって」
「恵なら分かるけど、悠仁…それに野薔薇が?」
「寿司と肉でつった」
「だろうと思った」


単独が主な一級の任務に同行なんて滅多にないし、一緒に連れ出して生徒達の安全が保障できる術師もそういないでしょ。目隠しを外しさらけ出されたままの瞳がテレビへと意識を向ける。信頼されてるって悪い気はしないよなあ…とぼんやり思った。


「分かりました。ヘリ乗ります。私にもご飯奢ってくださいよ」
「うん。イタリアンでもフレンチでも五つ星でもなんでも連れていってあげる」
「…居酒屋でいいです」
「僕お酒飲めないからやだ」
「五条さんに選択肢があるとでも?」
「うわ硝子みたいそれ」
「高級料理より、お酒が飲みたい気分です」
「はいはい。僕が出張から戻ってきたらね」


ココアを飲み干した五条さんがソファから立ち上がり、キッチンにマグカップを持っていく。慣れた手つきで丁寧に洗って水気を切ったそれを乾かすために置いた小さな音がテレビに掻き消された。ただの生活音だというのに、何故かそれに気付いた瞬間に芽生えた不安がふわりと心を柔く突く。


嗚呼やっぱり怖いな


「五条さん。やっぱり私、」
「大丈夫、三人のこと任せたよ」
「…はい」
「あんまり緊張しなくても良いけど」
「私こーゆーの苦手で」
「昔から単独で突っ込むのがお前だもんね」
「上に信用されてないだけでしょう」
「あいつら零にビビってるだけだから」
「………、」
「気にしないの」
「………五条さん」
「ん?」


五条さんの言葉に私は首を振って否定する勇気がない。
気にしなきゃいけないんです。忘れちゃ駄目なんです。私がしたこと、あの日のこと、なにもかも。


「……やっぱりヘリ乗りたくない」
「だーめ!いってらっしゃい」


五条さんは粗治療だ。昔からそう。後先を考えているかたまに疑ってしまう。
いってらっしゃいとキッチンで隣に立つ私の頭をぽんぽんと撫でる、背の高い彼の穏やかな視線から目を逸らした。


「今日も死んじゃ駄目だよ零」
「はい。出来るだけそうします」


私の奥深くで息を潜めた彼の呪力が揺らめく。私としなくても良いような縛りに似た呪いを交わしたあの時も、きっと彼はその先のことなんか考えていなかっただろう。異常で厄介なものをわざわざ背負うなんていくらイカれた術師でも避けるものだ。


「暫くここには帰ってこないので、出る時に戸締りしていってくださいね」
「ふふ。うん、任せて」
「……」
「掃除もしておくよ?」
「それは要らないです」
「あはは」


まだ家を出る気はないのだろう私にひらひらと手を振りながらソファに再び腰を沈めた五条さんを見る。いってきます、そう小さな声で呟けば「いってらっしゃい。気をつけて」聞き慣れた穏やかな声がした。



色とりどりの不安がゆらゆら揺れる。なんでもないのに、なんでもないなんて烏滸がましいと私が私に囁く。

私は護れるだろうか、私がこんなに穏やかな日々にいていいのだろうか、私が彼の優しさを享受していいのだろうか、私が彼らに笑いかける資格なんてあるのだろうか。


ゆらゆら、花みたいに彩られたそれらが、彼の優しさに触れる度に揺れる