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ここは東京。呪術高専、応接室。朝早くからの任務も終わり、正午までは呼び出しがあるまで高専待機・それまで何もなければ連絡がつく状態で退勤という穏やかな日。一級術師の多くが地方任務に就いているため、関東近辺で等級の高い任務があれば私が赴くことになっているが、伊地知の話によれば四級案件が主で私の出番は暫く無いだろうとのことだった。それなら午後はそのまま医務室にでも行って硝子先輩とお喋りとでもいこうか……なんて、気分よく報告書を書き上げてゆったりしていたところに先輩 ──… 五条さんが話し掛けてきた。
担任として一年生を受け持つ特級術師というのは多忙のはず。しかし明らかに「暇過ぎて話し相手を探しています」という雰囲気を纏っている五条さん。確かいま授業中の時間では…?そんな私の反応に構わず、彼はとある少年の話を始めた。


「宿儺の器?」
「そ。面白いでしょ」
「うわ可哀想…」


彼から聞いた男の子の話はとてつもなく悲惨だ。特級呪物を飲み込んだという少年。その場で死ななかっただけでも幸運だというのに、宿儺に身体を乗っ取られるどころか抑え込んだらしい。なにその宿儺耐性……自然と可哀想なんて言葉が口を吐いてしまい、人を助けるために犠牲を払った少年に対して失礼だったかと口を噤む。


「秘匿死刑になったんだ」
「ま、今は保留だけどね」


生かしてくれと珍しく恵が駄々をこねたそう。その時の恵の真似だろうか、口を尖らせて「死なせたくありません!」と声色を低くして言う五条さん。これ見られたらキレた恵に玉犬でも寄越されそうだ。とはいえ、恵とは長い付き合いだけれど文句は言っても我儘は言わない子だから貴重な姿を見た五条さんが羨ましかったりもする…なーんて。そんな穏やかな話題じゃなかったや。

まだまだ人生始まったばかり、これから楽しいこと盛りだくさんだろう年頃の少年 ── … 呪いが蠢く空間で、人の命を救うなんて容易なことじゃない。それを私達はよく分かっているはずなのに、命を懸けて人を救った少年に、こうも簡単に死の宣告をする。


「死刑対象かあ。私と同じだね」
「上の連中は昔から変わらない。嫌になるよ」


宿儺の器に成り得るその子は、呪いによる悲惨な現状を知り指を全て取り込むことを選んだらしい。勇気のある決断だ。
私と同じ「死刑」という処遇。しかし、同じ言葉でもその重さと異様さが全く異なっていることに上の連中は気付いているのだろうか。器という事例を私は耳にしたことがないが死刑というのが真っ当な判断なのだろうか……彼は人を救ったのに。

考えてもどうしようもない事だけど、どうしても拭えないもやもやとした感情にきゅっと唇を噛んだ。それから思う。ひとつだけ分かっていること。


「その子は…優しい子なんだね」
「悠仁のこと気になる?」
「ちょっとだけ」


じゃあ課外授業手伝ってよ。これから最後の子を迎えるんだ。そう言って隠れた瞳がにこりと笑う気配に顔を顰めた。
五条さん、どうせ私のこと足に使うつもりでしょう。補助監督が乗る黒塗りのセダンに倣って、貯金を貯めて買った愛車を思い浮かべる。濃いブラウンのそれは広々としているけれど、身体の大きい男が乗り込めば圧迫感がそれはすごい。首を振る私の横では「零の助手席は僕のモノだもん!」なんて語尾にハートをつけ胸を張って宣言してくる先輩。
私の車の助手席は五条さんのものではないし、いい大人がかわいこぶらないでください。後部座席に乗るように薦めれば駄々をこね始めた先輩に、トランクを指差し「うるさい。ここに乗れ」と言えば途端に拗ね始めてしまった。「ふうん?一人寂しく後ろの席に?へぇ。僕こんなに脚が長いのに呪具と一緒にトランクなんて余りにも酷い仕打ちじゃない?呪具に当たって痣まみれになるんだ…」あまりの負のオーラに助手席を許可すれば、にやりと口角を上げてくるから今日も五条さんに勝てなかったと溜息を吐いた。






「原宿…コインパーキング狭い…」
「わあ、零ってば運転上手!さすが僕が見込んだだけある!」
「五条さん早く降りてくれませんか?その長身じゃ出れなくなりますよ」
「ハイハーイ」


都会の駐車場は貴重な上、狭い。立地上仕方ないとはいえ文句も言いたくなるもんだ。颯爽と助手席から降りた先輩もとい五条さんを確認して最後のバックで駐車した。料金はっと…うん、高い。ここは五条の坊ちゃんに払ってもらおう。




そして場所は変わり、ここはクレープ屋の列。


「お姉さん。私こういう者なんですけど、モデルの仕事とか興味ない?」
「いえ…いまそんな余裕ないんで…」
「ええ?クレープの列に並んでるだけでしょ?その間でいいから話聞いてくれない?ね?」
「いま無駄な情報入れたくないんです。頼まれたメニューがやたらと長くて忘れそうなんです」
「ちょっと話聞いてくれるだけでいいから。ぜぇったい興味でちゃうから!」
「………ダメだ。無理すぎる」


ホイップクリームマシマシのイチゴ練乳たっぷり、プラス五十円分のチョコレート追加で キウイ抜きのエンジェルキャロラインクレープ……五条さんから言い渡されたお使いは、スイーツを食べ慣れていない私からすれば呪文のようだった。
先輩ってキウイ苦手だっけ?この前私が食べて口の中が痒いって言ったときは僕はよく食べるけどならないってムカつくウィンクしてなかったっけ?もしや私への配慮?いやあの人が大好物のスイーツを分けてくれるわけないし……って、あ、ホイップクリームマシマシマシだっけ?マシ増えた?????


「あーーーー無理ー!」

「……助けてあげたらどうですか」
「頭抱える零可愛いよね」
「ハァ…」
「伏黒!あの美人と知り合い!?」
「ああ。呪術師だよ。しかも強い」
「あんな細っこいのに!?」
「僕のほうが強いけどねー」
「張り合わないでくださいよ」


遠くで彼らが見ているなんてつゆ知らず。原宿は忙しなくて落ち着かないと頭を抱える私。やたらと声は掛けられるし、スカウトマンなんて目が合ったら最後 家まで着いてきそうな勢いで追いかけてくる。学生時代からこういう街は苦手だった。どうせなら目黒とか有楽町なら良かったな…とは言っても今日から合流する女生徒が指定したのが原宿らしい。


「どうお姉さん。そんな事務所よりうちの話でもぉ」


スカウトマンが一人増えて雑音がうざったくなって来た頃、その後ろに一つの細い影が見えた。


「ちょっとアンタ。私は?」
「へ?」
「私は?」
「ワタシハ…?」
「モデルよモデル。私はどうだって聞いてんの」
「いやいまあの…そんな余裕ないんで…」


声色だけでも圧がすごい。圧倒されて後退りしたスカウトマンの目の前には、見慣れたボタンの学生服を着た女の子がいた。あ、この子が五条さんの言っていた


「野薔薇ちゃん?」
「!…お姉さん私のこと知ってるの?」


意思の強さを感じる瞳に、なんとなく二年の真希を彷彿とさせた。ノリが合いそうだなあ。
明るく染め上げられた髪色は、原宿の謙遜に違和感なく溶け込んでいる。


「うん。ええと、東京高専の呪術師です」
「へぇ。陰鬱な呪術師にも私みたいな美人もいるのね。っていうか、先生じゃないんだ」
「ああその先生は何処かに…」


私にクレープの順番待ちを任せ、恵とそれから一緒にいるだろう悠仁くんを探しに消えた五条さんを探す。うーん。気配はするのに何処にも見当たらない…人通りの多いこの場所は、人探しするにはあまりにも騒がしすぎる。

「いらっしゃいませ!ご注文は?」
「やば、吹っ飛んだ…」


キョロキョロする私に合わせて野薔薇ちゃんも周りを見渡す。そんなことをしているといつの間にか順番が回ってきたらしい……ええっと…メニューを見て眩暈がする。ハニートーストホイップクリームだっけ…?クレープにトースト?

「えっと、」
「やれやれ零ったら…お姉さん、期間限定イチゴ練乳の特製クレープをひとつ」
「はい!五百円です!」
「ワンコインっていいねぇ」
「ありがとうございましたぁ」


柔い声色にクレープ屋さんのお姉さんの頬が少しだけ赤らんだのを視界に入れながら、私の代わりに注文をし私の代わりにクレープを受け取った彼を見上げる。目隠しなんてした不審者だというのに声だけで女性を虜にするとは、なんて奴だろうと思いながら。


「メニューもっと複雑じゃなかった?」
「んー。悠仁と恵探してる間に気分が変わった」
「クソ…」
「もう。クソなんて使っちゃダメでしょ」
「うるさい」


こうして無事、野薔薇ちゃんと五条さんが合流したわけなのだが。五条さんに連れられて一年ふたりの元に行けば、どうやら悠仁くんはかなり浮かれているらしい。変なサングラスにポップコーンやお菓子を抱えて立っている。うん、恵がイラついてるのが遠くでも分かるね。



「──… そんじゃ改めて。釘崎野薔薇。喜べ男子、紅一点よ」

野薔薇ちゃん。同級生の男子ふたりに堂々としていて良い。恵と相性悪そうなところが更に面白い。性格がバラバラなクラスメイトとのドタバタな学生生活を想像して思わず笑っていると、零も大概だよねと横から言われる。うるさいな。

「俺、虎杖悠仁。仙台から」
「伏黒恵」

悠仁くんは明るい性格に見える…それにどこか人が良さそうだ。まあ、秘匿死刑だと告げられても「指ぜんぶ食べます!」と言えるあたり暗い性格ではないことは確かだろう。たぶん。

「ねー先生、この人は?」
「え?ああ、忘れてたや。僕の後輩零だよ」
「忘れてたって…どうも、諏訪です」
「諏訪先生?」

きょとんと首を傾げる悠仁くんに、あははと笑って首を振る。


「私は先生じゃないよ。気軽に呼んでね」
「さっき伏黒からすげぇ強い呪術師だって聞いた!よろしくな零さん!」
「すごい…すごい陽キャだね悠仁くん…」
「悠仁でいいよ!」
「よろしく悠仁」
「おう!」


呪術師には珍しい明るくて人当たりの良いタイプに少しだけ圧倒されつつも、素直で可愛らしい笑顔につられて頬が緩む。その横で呆れた表情な恵とは対照的だ。そんな恵は、おや?心なしか先ほどよりもムスッとしている気もする。


「恵?」
「なんですか」
「恵もすっごく可愛いよ。目に入れても痛くない」
「ッ!?……なに言ってんすか」


いやあ。照れてる照れてる可愛いね。にこにこしていると横から「あんまり男の子の心を弄んじゃダメだよ」なんて言ってくる男には、恵への言葉は私の純粋な気持ちであり決して遊びじゃないと返す。ちょっと意味合いが違うけどと言う先輩の言葉は知らんふりだ。

そしてそんな恵の横では野薔薇ちゃんが「つくづく環境に恵まれない…」と、男性陣を凝視したあと溜息をついている。……野薔薇ちゃん、君はこれでも平均以上のイケメンに囲まれているんだよ…と、教えてあげたくなる。ほらなんとなく通行人の女の子がキャッキャしているじゃないか。いや、野薔薇ちゃんの理想はもっと高いのかもしれない。故郷はもっとイケメンが多かったとか…それなら上京するの惜しかったろうなあ。うん、三人が可哀想だから真相は闇に葬ろう。


「なんか失礼なこと考えてない?」
「いえ、全然」
「ぜったい考えてるでしょ」


この目隠しを外して顔を晒せば、どれくらいの女の子が駆け寄ってくるんだろう。その間に撒いて帰ろうか。一年の元まで無事先輩を送り届けたことだし…なんて考えてみる。


「これからどっか行くんですか」
「お?気づいた?」
「だって珍しく零さんもいるし。こういう時は何かあるに決まってる」


目を隠したそれを外してやろうと、そろっと手を伸ばすと強い力で手首を掴まれる。思惑はバレバレらしい。それを見て恵が如何にも面倒ですという顔をした。助けてよー。


「フッフッフ。せっかく一年が三人揃ったんだ。しかもその内ふたりはおのぼりさんときてる」


そっかそっか。悠仁も仙台から来たって言ってたね。そりゃ浮かれたサングラスなんて買っちゃうや。


「行くでしょ。東京観光!」


瞬間、おのぼりさん二人の表情に光が照った。正反対に「え゛」と声を洩らす恵。


「TDL行きたい!TDL!」
「バッカTDLは千葉だろ!中華街にしよ先生!」
「中華街だって横浜だろ!」
「横浜は東京だろ!!」


中華街……横浜かぁ。そのままお家帰りたいなあ。横浜は東京じゃないけれど可愛い間違いはそのままにしておこう。


「零さん逃げないでくださいよ」
「恵まで…」


そして発表された目的地は、六本木。うん、絶対観光させる気ないでしょう。つい数時間前に職員室で見かけた資料を思い起こす。……大きな霊園とのダブルパンチで呪いが発生した廃ビル。そしてその資料を車内で軽く読み流したあと後部座席に投げ捨てたのはこの男だ。此処へ来る前も課外授業とかなんとか言っていたしね。
この純粋な生徒達が大きく落胆する姿を思い浮かべて溜め息を吐いた。


とはいいつつ答えを言わずに着いていく私も随分と悪い大人だよなあ なんて考える。


「これからわくわくするねぇ」
「あんまり悪巧みしちゃ駄目ですよ」
「やだなあ。僕がいつも悪いこと考えてるみたいじゃない」
「場合によっちゃそうですし」
「零だって悪ノリするくせに」
「それ学生の時の話でしょ、」



虎杖悠仁と伏黒恵、それから釘崎野薔薇。これからお互いが何よりも大事で大切な仲間になるだろうこの子達を、私は、私達は少しでも長く守っていければ良い






title 花洩