(サブローくん女の子です。ちょっと可哀想です。注意!)
迂闊だったと心底後悔したけれど、後の祭り。
(一番ガード甘いの、あいつなんだよなァ)
サブローが消息を絶ってから数時間が経っている。
思えば、日向家のように防御対策がしっかりしている訳でもなく、桃華や小雪のようにパートナーが常にそばにいる訳でもない。
天才ではあるけれど、彼はただ実体化ペンを持つだけの子供なのだ。
それをつい、忘れてしまいそうになる。
今もそうだった。
(あいつを面倒な立場にさせたのは、自分自身だけれど)
小隊の頭脳のパートナーであること。
地球人の中でもずば抜けた天才であるということ。
そして1人だけ、小隊の庇護が薄いということ。
狙われる理由はたくさんある。
「チッ」
足取りを追って、敵の宇宙船に1人きりで乗り込んだ。
小隊の仲間を呼ばなかったのは、後方支援を主としつつもクルル1人で充分に戦えると踏んだから。
それに何より、パートナーに手を出されたことに、猛烈に腹が立っていたからだ。
「ロックねェ…大したことなさそうだな」
目の前には、武力では開かなさそうな分厚い扉。
ロックがかかっているけれど、ハッキングで簡単に開きそうだ。
そこは参謀のクルルの本領である。
(この向こうにあいつがいる)
ヘッドフォンから伸ばしたコードを繋いで、ロック解除のプログラムを流し始める。
解除まで、およそ1分。余裕だ。そう思った瞬間。
ぞくりと体が強張った。
「な、」
扉の向こうから、押し殺した悲鳴が聞こえた。
よく知るパートナーのもの。
高性能のヘッドフォンなんてなくとも、クルルにははっきりと分かってしまう。
だからこそ、予想したくないことに気づいてしまった。
(なんで)
それが、普段の彼より高い声をしていたことだとか。
どこか色を含んだ悲鳴だと感じたことだとか。
彼が狙われてしまう理由の中に、男女問わずに一目を引いてしまう、その容姿も含まれる。
分かっていたはずなのに。
クルルはぎっと唇を噛んだ。
(あと1分)
楽勝のはずなのに、たった1分がひどく長い。
焦ってはいけない。けれど、どくどくと鼓動が強くなるのが分かる。
「早く、」
また声が聞こえる。
弱々しいそれに、耳を塞ぎたくなる。
彼は大人びて見えるけれど、本当はただの子供で。
たすけて、とうまく言えない人で。
そういうことを、誰よりも知っているから、尚更。
「早く!」
声を荒げるなんて、ずいぶん久しぶりな気がした。
「!」
長すぎる1分が過ぎて、OPENと表示が浮かぶ。
乱暴にコードを引き抜き、スッと開いた空間へ飛び込んだ。
「サブロー、」
冷たい床に広がった、長すぎる灰色の髪。
数人に押さえつけられているその体は、普段よりもぐっと華奢になっていた。
女に変えるなんて技術は、クルル以外でも実現は可能だったらしい。
「…おい」
細い腕を押さえつける、足に添えられている、はだけた胸元に差し込まれている、手、手、手。
あれだけ熱くなっていた頭が、思考が、驚くほど冷えていく。
絶対零度とは、こういうのを言うのかもしれない。
「何してんだ」
理性がぶつりと切れた。
***
瞬殺、だった。
容赦の無い電撃と、転送した銃が火を噴き、数分で相手を全員沈めてみせた。
普段のインドアぶりが嘘のよう。
正直ここまで動けたのに本人が驚いていたけれど、理由を思えば納得である。
「サブロー、」
「……」
「…大丈夫か?」
なんとか起き上がったサブローは、ただ座り込んだまま何も言わない。
戦闘時とは打って変わっておろおろしながら、屈みこんで細い肩に手をかけた。
ついでにちらりと開いた胸元に目をやって、気づいていない本人に代わって、ぐっと閉じさせる。
こちらをじっと見つめる瞳は、放心しているような、呆然としているような。
「…クルル」
小さな声に、唇をぐっと噛んだ。
(こんなに無防備なやつだったか?)
自分の心に追いつけないまま、どんな顔をしたらいいのか分からない、そんな表情。
無理に笑おうとして口元が微かに動いただけの、歪なそれ。
見ている方が、辛いと感じた。
「ひでェ顔」
頬をつねって、いつもの調子でからかう。
いつもの、クルルのよく知っている彼に戻ってほしくて。
「仕方なくない?」
「ほれ」
そのまま後頭部に手を回して、自分の肩にサブローを引き寄せる。
ぽすんと触れてみて、初めて、彼の体が震えていることに気がついた。
(触れないと、分からなかった)
「かわいくねェガキだ」
素直に泣けばいいのに。
怖いなら縋ってくれたらいいのに。
いっそ、怒りをぶつけてくれたらいいのに。
クルルの呟きに、サブローは小さく苦笑した。
「…知ってる」
サブローの両腕が背中に回ったことに、どこか安心してしまった。
「ありがと、クルル」
***
ゆた様へ40000hit記念でした。
リクエストは「♀サブ シリアス→甘」。
ちゃっかりクルサブです。
クルルはぷっつんきたときとそうでないときの落差がいいですよね。
2010,5,2