「ありがとな、光子郎!」


太陽みたいな笑顔で、太一が言った。
それから、光子郎に示された方向に向かって走っていく。
待ってよ太一ぃと、アグモンもぱたぱたと駆けていった。


「……」


そんな後姿を、黙って見送った。


(ありがとう、か)


難しい言葉だ、と思う。
感謝の気持ちを表す言葉である、ということはもちろん分かっているけれど。
難しいのは、それを口にすることなのだ。


ありがとうございます。


絆を結んだ仲間にも、つい丁寧な言葉になってしまう。
己を大切にしてくれる両親にすら、くだけた言葉でありがとうと言えない。
信じていないわけじゃない。
それが光子郎の性格だと、癖だと、仲間も両親も分かってくれているけれど、それでも。


(言えたらいいのに)


「……」


うまく言えない言葉を、声に出さずに、唇だけで紡いだ。


「光子郎はん」
「…テントモン?」


不意に名前を呼ばれて、振り返る。
あぁ、そういえば、テントモンはずっと後ろにいたんだった。
思考にふけって、また忘れてしまっていた。


「どないしはったんです?ぼんやりして…」
「ねぇテントモン」


誰よりも心を強く結んだパートナー。
こんな自分を、いつだって信じてくれる相手。
君になら、言えるだろうか。


「ありがとう」


その難しい言葉は、光子郎が思うよりもずっと簡単に、口から零れ落ちていた。


(あれ…言えた)


「光子郎はん、わて、何やしましたっけ?」
「ううん、そうじゃないけど…言いたいなって、思って…」


だんだん声が小さくなっていく。
けれど、真っ直ぐに己を見つめる緑色の眼差しが優しくて。
解けるように、心が溢れた。


「…ありがとうって、太一さんたちみたいに、自然に言えるようになりたいんだ」


いつかきっと、お父さんとお母さんに。
大事な仲間に。
もちろん、テントモンにだって。


「大丈夫でっせ!」


テントモンは、大きく頷いた。


「光子郎はんやったら、心配せんでも言えるようになりますわ」
「そうかな?」
「はいな!光子郎はんが頑張りやさんやて、わてはよう知ってるさかいに」


あぁ、信じてくれている。
それが嬉しくて、じんわり、胸の内が熱くなった。
パートナーの頭をそっと撫でると、口元が自然と弧を描いていて。


「…ありがとう、テントモン」


それは、さっきよりも自然で、ずっと心のこもったありがとうだった。




***

テントモンにだけはくだけた口調ですよね。

2014.12.4
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