冬樹は、雨で薄暗い道をせっせと歩いていた。
天気予報は見事に外れ。けれど、ケロロに持たされた折りたたみ傘のおかげで、何も問題はない。


「さすが、軍曹だね」


傘を回してパートナーに感謝しつつ、角を曲がる。
その先を、よく知る灰色が、傘も差さずにふらふらと歩いていた。
ああと気づいて、自然と声をかける。


「サブローさん?」


銀色が振り返ると、澄んだ蒼い瞳と目が合う。
ふわりと、いつもみたいに微笑んだ。


「あれ、冬樹君」
「傘忘れたんですか?」


雨でずぶ濡れになったサブローが、苦笑いしながらこっくりと頷いた。
どうしてだろう、彼の顔はなんだか赤い。


「サブローさん、家来てください。すぐそこですし」
「わ、」
「雨宿りして体拭かなきゃダメですよ!」


彼の家がどこだか知らないけれど、日向家はすぐそこだから、その方が近いと思って。
ぐっと濡れて冷たい腕を引いて、小走りになった。
家に着くまで、大して時間はかからなかった。


「ただいま!」
「冬樹殿ーやっぱり雨降ったでありましょー?……あり、サブロー殿?」


タオルを抱えて迎えてくれたパートナー。
予想が当たったのが嬉しいのか、スキップで玄関に来たケロロがとまった。


「サブローさん、傘忘れちゃったみたいで…タオル、使ってください」
「……」
「サブロー殿?」


ぽたぽたと髪から雫を零して、突っ立ったまま。
身体能力の高い彼なのに、少し走っただけで呼吸が荒い。
髪に隠れて、目が見えなかった。


「ど、どうしたんですか?」
「げろっ!!?」


ふっと体から力が抜けたのか、唐突に、彼の体が傾いだ。


「サブロー殿っ!」





***






クルルの雰囲気が、いつもと違うような気がした。



驚いた日向家の人々が慌てて家の中に運び込み、とりあえずソファに寝かせる。
濡れたブレザーを脱がせて毛布をかけると同時に、クルルが地下から上がってきて。
サブローを一目見て、盛大にため息をついた。



「バカなのかァ?」


言葉は容赦ないけれど、口調はどこか柔らかい。
すとんとサブローのそばに腰を下ろして、優しく額に触れ熱が高いことを確認。
また眉間に皺を寄せた。


「ごめんクルル、サブローさんが体調悪いの知らなくて、僕、」
「気づかなくて当然だぜェ」


それだけ言うと、サブローの顔を見つめて、クルルは黙ってしまう。
そんな姿を尻目に、リビングの隅で、冬樹は反省しきりだった。


(すぐに気づいていたら、)


そんな思いがぐるぐると頭を巡る。
雨に濡れた彼が、あまりにもいつも通りすぎて。
辛そうな様子を全く見せてくれなかったから。
そしてそれは、今日に限ってのことではない。


「冬樹殿」


いつの間にか隣にいたケロロが、冬樹と目を合わせる。
それだけで分かった。
きっとケロロも、同じだということ。


「どうして…、」


言いかけて、言葉が詰まる。
ソファから、小さな呻きが聞こえたからだ。


「あ、」


聞いたことのない、サブローの弱々しい微かな声。
身を捩るように、ソファの上の毛布が揺れる。
クルルが何も言わずに、白い手を彼の額に置いた。
毛布の間から覗いた手が、白衣の端を小さく握る。

言葉のないその動作を、冬樹とケロロはただ、見ていた。


(分からなくて当然、か)


先のクルルの言葉がよぎる。
きっと、クルルだけが分かるんだ。
凛とした彼の弱気も、苦しいのも、全部。
そしてきっと、サブローも、クルルにしか見せない。
だから、苦しいときも頼ってはくれないんだ。
あぁ、そうなのか。


(心配な気持ちは、僕も軍曹も同じなのに)


ソファの2人が、どこか遠い気がして。
ケロロと寄り添いながら、そんな2人を、眺めることしかできなかった。









目を覚ましたサブローは、毛布の中でごめんなさいと頭を下げた。
迷惑な子供だぜェなんてクルルの言葉に、困ったように微笑んで。
けれど、夏美やギロロも、もちろんケロロも、心配したのだと声をかけた。


「め、迷惑なんかじゃありませんよ!ごはん食べていってくださいね」
「…クルルの言葉など気にするな」
「心配したでありますよー!」


冬樹も、ソファのそばにそっと寄る。
遠い気がしたそこは、距離にしたら少しも遠くないのに。


「ごめんね、冬樹くん」
「…いえ」


ふふ、と笑う彼の顔は、やっぱりいつもと同じ。
苦しくないわけないのに、その影がどこにも見つからない。


(どうしてクルルは気づくんだろう)


隣で涼しい顔をしている金髪を、ちらりと横目で見た。




***

クロ様へ29500hit記念でした。
リクエストは『サブローが熱で倒れて皆が心配する話』。

クルサブ強すぎて他の人が入る余地のない勢いです。
クルルにだけは、何でもお見通しだといい。

2010,2,14
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -