クルルは、集中すると周りに思考がいかなくなる癖がある。
天才故、だろうか。
そういう癖があることも、よく知っていて。
それでもいいと思っていて。
だけど時々、その癖が、とても大きな壁であるようにも感じてしまうのだ。
「クルルー?」
学校帰りにラボに侵入。
クルルは床に座り込んで、何かをいじってるようで。
いつものヘッドフォンからは、無数のコードが出て、四方八方に繋がっていた。
「……」
「…もう」
白衣はいつも以上によれよれ。
髪も適当に結われた状態。
徹夜を続けて仕事をしていたのは、一目瞭然。
「ねぇってば」
クルルがサブローの呼びかけに返事をしないのは、集中しているときか、よほど機嫌が悪いときだけ。
今はきっと、前者の方。
「聞いてる?ねーぇ」
「……」
呼びかけても、返事をしないことは分かっているはずなのに。
それでも呼んでしまうのは、諦めが悪いせい。
(だって、俺が休めって言わないと、クルルは休まないからね)
建前のような理由を胸の内で繰り返して、クルルの真後ろに立つ。
反応は一切なくて、床に置かれたノートパソコンを叩く指はぶれることはない。
それが、なんだか気に入らないような気がして。
「聞いてよ」
きっと、声じゃ届かない。
分かっているのに。
あぁ、そうじゃなくて。
どうして届けたいんだろう。
何を。なぜ。
(あぁ)
どうせ、聞こえていないのだから。
「さびしいよ、クルル」
慣れない言葉を、小さく、たどたどしく、紡いだ。
言ってしまってから、しまった、なんて唇を噛む。
甘えるのは、得意じゃない。
何より、らしくない。
だけど、クルルはそれでも反応を見せなかった。
「えっと…」
どうしよう、どうしようか。
迷って、悩んで、考えて。
クルルの背中に、ぎゅうとしがみついた。
「!」
触れた白衣の背中が揺れて、初めて、クルルの指が止まる。
振り返ったクルルと顔をあわせられなくて、サブローはくっと白衣に顔を埋める。
「サブロー?」
「うん」
「…どうした?」
「なんでもない」
なんでもない、訳ではないけれど。
やっとクルルが耳を傾けてくれた今、寂しいなんて本音は口に出せなくて。
「休んで、って言おうと思ってたんだけど?」
考えていた言い訳を口にして、そろりと顔を上げる。
普段と変わらない顔をして、クルルは大きく息を吐いた。
「あー…分かった」
「そっか」
「寂しんぼがいるからなァ」
「…えっ」
目と目があった途端に、意地悪ににやりと笑う顔。
聞いてないと思っていたのに。
「お前さんの声が、聞こえてないわけないだろォ〜」
ぼ、と顔が熱くなる感覚。
たまらず、再び顔を埋めた。
クックックと、ラボに響く笑い声。
「ひどいなぁ…」
こんなに恥ずかしいのに、クルルの言葉が、どこか嬉しかった。
***
HAL様へ29966hit記念でした。
リクエストは『寂しがりのサブローが無言でクルルに抱きつく話』でした。
抱きついた瞬間は無言だったってことで…。
澄ました感じでいるクルルですが、実は内心嬉しかったりして。
2010,2,14