スパン!と鋭い音をたてて、遠野の者たちにあてられた部屋の襖が開く。
以前リクオに教えてもらった、“とらんぷ”なる遊びに興じていた淡島たちが振り返ると、息を切らしたイタクが顔をしかめて立っていた。
「どーしたよいタク、いきなり。お前もとらんぷやるか?」
「今はいい……」
「イタク、大丈夫?」
さっきまでイタクはリクオと手合わせをしていたはずなのだが。
落ち着かないようにイタクはそわそわと廊下の方を窺っている。
いつもと違うその様子に、早くも淡島たちの興味がとらんぷから移り始めた。
「何かあったのか?」
「その、……あー…」
「イタク?」
歯切れの悪い返事など、イタクにしては珍しい。
悔しそうに少し俯いて、小さな声で言った言葉も、随分珍しかった。
「…………たすけて、ほしい」
遠野でもほとんど聞いたことのない台詞。
いよいよ興味をなくしたとらんぷが、ばらばらと畳に散った。
*
スパン!と再び音を立てて襖が開く。
「ねぇ、イタクはここにいる?」
黒弦を指に絡めてにこりと黒く微笑む首無を筆頭に本家の妖怪たちが部屋に現れた。
殺気を出しているのは首無だけのようで、後ろの妖怪たちは呆れたような顔をしていたけれど。
「残念だけど、イタクはもういないわよ」
「こりゃあいい鍛錬になりそうだな」
好戦的に笑うのは冷麗と土彦。
お互い、稽古は嫌いではないからか。
首無もまた、怯むことなく笑った。
「それじゃあ、イタクを探させてもらうよ」
冷麗の前には氷麗、土彦の前には青田坊が立つ。
首無が部屋を出た瞬間に襖が勢いよく吹っ飛んだ。
*
「きやがったな、首無!」
「こりゃ面白くなってきたぜー!」
廊下に立ちふさがるのは、楽しそうな様子の淡島と雨造。
予想していたのか、首無も動じない。
「イタクはどこにいるかな?」
「悪いが教えるわけにはいかねーぜ!」
「じゃあ、いいよ」
淡島と黒田坊、雨造と河童が刃を交えるのを見て、首無はそっと廊下を進む。
水と刃が飛び交って重い音が響くのを背後に感じながらも、足取りは軽い。
「自分で探すから」
*
「紫、次はどっちに行けばいい?」
「じゃあ次は左」
遠くに爆音を聞きながら、紫を肩に乗せたイタクが屋敷の中を進んでいく。
座敷童子の力のためか誰ともすれ違うことはない。
逃げ切れるかもしれない、とイタクは少しだけ呼吸を緩ませた。
「珍しいよね、イタクが助けてほしいって言うの。ケホッケホッ」
「……悪い」
「ううん、なんだか面白いからいいよ」
「……」
「あ、誰か来るよ。ケホ」
「!」
パタ、と足音がしてイタクは鎌を抜く。
しかしひょこりと角から現れた柔らかな笑顔に殺気は消えた。
「あらあら、何してるの?」
「…若菜」
「ケホ、若菜さんだ」
若菜ならば心配はいらないだろう…と力を抜いたイタクだが、甘かったようで。
笑顔はスッと紫に向けられた。
「紫ちゃんを探してたのよ。こないだ言ってた着物が見つかったの」
「え、本当?」
「メイク道具もあるわ。今から一緒に着てみましょうよ」
「ケホ、行きたい」
「紫!?」
ひょいと若菜の肩に乗り移る紫に、イタクは呆然とする。
相手が若菜と紫であるから手を出すなどできない。
ほがらかな笑顔はやはり最強であった。
「やっぱり紫ちゃんは青とかが似合うと思うの!」
「ケホ、青色好き…」
「あ…」
スタスタと去っていく2人をぽつんと見送ってから、イタクははっと振り返る。
座敷童子の幸運を失った途端にイタクの方へ近づいてくる気配。
「!!」
鎌を握った腕に巻きつく黒弦にイタクの目が金色に光る。
気付けばすぐ近くにいた首無は、やはりにこりと笑っていた。
「イタク、見ーつけた」
*
「いってぇ…」
「はいはい、あまり動かないでくださいね」
屋敷の別室にて、リクオが頭に氷嚢を乗せて呻いていた。
そばで座る毛倡妓が呆れたように笑いながら急須を傾ける。
「やってるなぁ」
「やってますねぇ」
ずん、と時々屋敷全体が重く揺れるが2人は気にもしていない。
リクオは腕を組んで面倒くさそうにため息をついた。
「首無もイタクも…痴話喧嘩ならよそでやってほしいもんだな」
「原因はリクオ様だと聞きましたが」
「……」
屋敷を巻き込んだこの大喧嘩が始まる、少し前。
リクオとイタクが手合わせをしていたとき、刀と鎌で打ち合いをしているとリクオが足元の小石でバランスを崩し、倒れてしまった。
巻き添えで倒れたイタクはリクオの上に跨るような体勢になってしまって、2人の顔がすごく近くて。
偶然、それを通りかかった首無が見てしまった。
理由はそれだけ。
倒れた際にぶつけた頭をさすりつつ、リクオは毛倡妓の涼しげな顔を見た。
「…俺のせいか?」
「さぁ」
*
不意を突かれたイタクは、壁際に追い込まれていた。
黒弦に自由を奪われた上に首無が覆いかぶさってきて、イタクは動けずに顔を背ける。
「だから、リクオと倒れたのは偶然だって…」
「偶然かどうかは関係ないよ。私がただ苛ついただけだから」
首無がかぷりと耳に噛みつく。
ひくっと震えてイタクは小さく身を捩った。
「まったくもう…次は許さないからね」
真っ赤になった耳に囁きかけると、バァカと呟いてイタクはきゅっと目を閉じた。
***
ハレ様へリクエスト。
お題は「首イタで鬼ごっこ」。
つまりはただの痴話喧嘩。
首イタだとリクオさんがなんだか不憫ポジションになりますね。
2012.4.21