(イタクの親代わり、というオリジナルキャラな師匠さんがいます。注意!)
(幼少期のイタクと淡島です)
稽古の後で入る風呂は格別だ、というのは正反対の性格をした2人の貴重な共通点である。
「いいねぇ、今日の三日月は綺麗だな」
「そうか?」
ごつごつした露天風呂には、ちょこんと並んで座っている2人以外は誰もいない。
静かな風呂なんて久しぶりだなとイタクはぼんやり考えた。
たまにはこんなのもいいかもしれない。
「ところでイタク、その頬はどうしたよ」
「……別に」
「ははぁ…誰かとケンカしたか。負けたのかい?」
「違っ、これは淡島が…」
「ん?」
片方の頬だけが少し腫れているのを指摘されて言葉が詰まる。
彼が師匠と仰ぐ親代わりは、ちゃらんぽらんに見えて意外と鋭いところがあるのだ。
「イタク、なんかあるなら言ってみな。ガキが意地張っちゃいけねぇよ」
「だから、ガキ言うな…」
文句を言いつつ、イタクはぽつりぽつりとその日あったことを口にしていた。
淡島は今日また天邪鬼の性質のことで問題を起こした。
喧嘩沙汰になる前に止めようとしたのだが、何とか割って入ったイタクは淡島の一撃を食らってしまったのである。
淡島はそのままその場を離れてしまい、それから姿を見ていない。
「ふーん…」
結局目の前の青年に全てを話したイタクは、黙ったまま湯気の上がる水面をじっと見ていた。
「まさかお前さんが淡島とケンカして負けちまうとはなぁ」
「ケンカじゃねーし負けてねぇよ」
「でも、淡島と仲直りしなきゃなんねぇだろ」
「む…」
水面から目を離さずにいると、急にわしゃわしゃと大きな手に頭を撫でられる。
ぱっと横を向けば子供のように笑う親代わりがいた。
「淡島を探しにいきな」
「なんで俺が…」
「あいつを探しにいくのはお前さんの役目だろうが」
「……」
「待ってると思うぜ、あいつは」
「……」
それをよく分かっているイタクは、何も言えずにただ小さくこくりと頷いた。
*
風呂を出てイタクは暗い森の中を飛んだ。
まだ髪が濡れているけれどそんなことは気にならない。
道のない道ばかりだが、淡島がいつも向かう先はよく知っていた。
「淡島!」
大きな木の枝の上に座っている人影に向かって声をかける。
ひょいと木を登ってふわりと隣に降り立てば互いに目が合った。
意志の強そうな瞳だ、といつも思う。
「イタク…?」
「迎えにきた。帰るぞ」
淡島がじっとこちらを見ている。
いや、腫れてしまった頬を気にしているのだろう。
淡島は優しいから。
「……」
「どうした、淡島」
「イタク、…それ、悪かった」
そろりと伸ばされた手がイタクの頬を撫でた。
感じた痛みを顔に出さず、イタクはほんの少し笑ってみせる。
「大したことないし、お前のせいじゃない」
「……」
「早く戻るぞ。皆心配してる」
頬に触れたままの手を握って淡島を引っ張った。
今は夜だから、イタクよりも少しだけ淡島の方が背が低い。
「いつまでへこんでんだよ」
「いだっ!」
まだ少し暗い顔をする淡島の頭をぱしんと軽くはたいた。
「明日も稽古だ。誰にも負けないくらい強くなって見返してやるんだろ」
「イタク…」
「これっぽっちでへこむなんてお前らしくない」
「……そうだな」
やっと、淡島が少しだけ笑った。
それを見たイタクもまた、さっきよりも笑えた。
「帰ろう、淡島」
「…おう」
*
「ご苦労さん」
「いって…」
自室に戻ると、塗り薬を用意した師匠が待っていた。
自分でできるというイタクの抗議を無視し、赤い頬に薬を塗りながらけらけらと笑う。
「それにしても綺麗に腫れちまって…林檎みてぇだな」
「うっせぇ」
「林檎ほっぺか。いいな、林檎ほっぺ」
「つつくな!痛ぇ!」
「まぁまぁ」
ふにふにと頬をつつく彼の笑顔はどこか幼いな、とイタクはほんの少し思った。
***
牧野円様へリクエスト。
お題は「師匠さんとイタクと淡島でほのぼのかギャグ」
師匠さんがいます…!イタクとわちゃわちゃしてます…!
なんかもうこれでいいのか分かりません全力で土下座!すいません!
2012.3.3