隣に座っているクルルのビン底眼鏡を、悪戯にとってみた。
特に抵抗も何もなく、お、という顔をするだけ。
ガラス越しじゃない紅色の瞳は、どこか新鮮だ。
「何だァ?」
「クルル、見えてる?」
「…よく見えねェ」
毎日パソコンばかりいじっているから、クルルは視力がよくない。
何とか見ようとしているのか、眉間に皺を寄せる様子がらしくなくて、サブローはくすりと笑った。
「返せ」
「ダメ♪」
伸びてくる手をすいとよける。
その手は、サブローがいる位置から離れたところを探った。
クルルの困った顔。
眼鏡がないだけで雰囲気が随分変わる。
その涼しげな容貌は、黙ってさえいれば世の女性が騒いでもおかしくないくらい。
そんなことを考えて、どきりと小さく跳ねた胸の内をごまかすようにして、サブローは手元の眼鏡に視線を落とした。
「度とかすごそうだよね、これ」
サブローは普段眼鏡をかけることはない。
なので、少しの好奇心から、ひょいとクルルの眼鏡をかけてみたのだ。
てっきり、強烈な度が入ったガラスで視界はグルグルするのだろう、と思っていたのに。
あまり歪まない視界の中、ぼんやりした人影が距離をつめてきた。
あれ、と思った瞬間、少しだけ見えたのは、してやったりといった風に上がった口角。
「んんっ」
眼鏡を外すも、腕を掴まれて重なる口と口。
咄嗟に逃げようとする体をしっかりと押さえてくる。
伸びてきた舌に身を震わせて、サブローは早々と抵抗を諦めた。
「…っ見えてる、の?」
「さァ?」
至近距離にある眼鏡のない顔は、にやりと意地悪に笑う。
きっと、最初に伸ばした手が外れたのも、眉間の皺も、演技だったのだろう。
「あ、ちょっと!」
「見えねェんだよなァ…眼鏡どこやった?」
「探して、んん、ない、くせにっ」
眼鏡眼鏡と言いつつ、両手はごそごそとサブローの体を探っている。
ずるずると惰性で押し倒されつつも、白衣を引っ張って抗議はした。
「なんで見えて…っ」
「実はなァ、そんなに目ェ悪くねェんだよ」
「え?」
勝ち誇った笑いというか、意地の悪そうなにやりとした笑い。
綺麗な顔なのに勿体無い、なんてことがちらりとサブローの頭に浮かんだ。
「いろいろ機能つけてっから、眼鏡は手放せねェだけだぜェ」
「えー…」
「おら、さっさと眼鏡返しなァ」
「えっと、あれ、どこいった?」
「クックック」
「あ、やだ、待って、やだってば…!」
本当は、キスしたときに傍らに転げ落ちたのを知っているけれど。
視界に入る眼鏡は、しばらく見ないことにした。
***
実は目悪くないクルルってよくないですか。
2014.7.13