(クルル合流前)




「ん、んー」

ベッドの中から聞こえてくる小さなうめき声で、クルルはパソコンから顔を上げた。
もぞもぞと動く布団の中から、さらりと灰色の髪が覗いている。

「さっさと出て来いよ、ねぼすけ」
「んー…、クルルは徹夜したの?」
「まァな」

まだ眠いと主張してくる蒼色の瞳に、クク、といつもの笑いを返した。

「もう起きる。起きる…」

ずるずると布団から這い出て、起き上がる。
目をこする姿は、いつもの大人びた雰囲気など少しもなくて。
少しは目が覚めたのだろう、サブローはこちらを見て、にこりと笑った。

「おはよークルル」

床に座り込んでパソコンをいじっていたクルルに柔らかく声をかけ、先ほどとはうってかわった上機嫌でリビングへと歩いていく。

「…はよ」

滅多に口にしない挨拶を呟き、パソコンを小脇に抱えてクルルも立ち上がった。







「じゃあ、いってきます♪」
「いってら〜」

これのどこが不良なのだろうと考えさせられるような爽やかさでもって、サブローは学校に行った。
ゆるゆるとサブローを見送った留守番の科学者は、リビングのソファを占拠。
パソコンを開き、ひたすらにキーを叩き続けた。

「……」

研究室やラボのような、機械の機動音も電子音もしない。
外から聞こえる鳥の声や、吹き込んでくる風の音。
落ち着かないような、悪くないような。

「……」

悪くない気分のままで、日が沈むまでそうして指を動かし続けた。
夜になり、決まった時間になると、クルルは初めて手を止めた。
指先でヘッドフォンに触れる。

「クク」

ヘッドフォン越しに流れ出した相棒の声に、微かに笑う。
今日のラジオも絶好調のようだ。

「クックー♪」

ラジオの間は休憩を決め込み、ゆるりと立ち上がってキッチンへ。
コーヒーを淹れていると、耳元を掠めていくのはサブローが選んだ音楽。
こういうのが好きなのか。

「…ふぅん」

軽快なトークの間に漏れた言葉に、手を止める。
普通のリスナーはどう受け取るか知らないが、クルルには分かる、サブローのちょっとした本音だ。

「リクエストに応えてやるかねェ…クックック」

肩を揺らして笑いながら、クルルは冷蔵庫を開けた。







「ただいま」
「おかえりィ〜」

開くドアの音と、挨拶。
とてとてと廊下を進む足音に、クルルは自然と口角が上がるのが分かった。

「クルル、もしかしてカレー?」
「モチコース」

グツグツとカレーを煮込む姿に、サブローは嬉しそうな顔をする。

「ラジオ、聞いてたの?」
「さァな〜」

なんだか、カレーが食べたいなぁ…なんて。
ラジオの中でぽろりと零れた些細な本音を、クルルはしっかりと拾い上げていた。

「クルルも晩ご飯まだでしょ?早く食べよ」
「クク、ちょうどいい頃合いだぜェ」

そそくさとカレーの皿を運び、イスに座ったサブローが早く早くと呼びかける。
つけていたエプロンを外して、いつの間にか自分の席となった、サブローの正面に座った。

「いただきます♪」
「…いただきます」

手を合わせる癖は、サブローがそうするからかもしれない。







「今日は一緒に寝よう?」
「は?」
「徹夜続きはよくないと思うよ」

ベッドに寝転がったサブローがぽんぽんと空いたスペースを叩く。
利便性をとって地球人化したクルルは少々小柄とはいえ、1人用ベッドではなかなかに狭そうだ。

「大丈夫だからさ」
「そりゃどこからくる自信だィ?」
「俺寝相は悪くないし」
「寝起きは悪いがなァ」

呼ばれるままにベッドに入ってみる。
少し狭いけれど、目の前にサブローがいるのは、悪くない。

「ねぇクルル」
「んー?」
「へへ…何でもない」
「何かあるなら言ってみなァ」
「ううん、誰かがいるのっていいなぁって、思っただけ」

サブローはふわりと微笑んだ。
そういう顔を見ると、くすぐったいような気持ちになって、不思議と自分も表情がほどける。
今までになかったことだ。

「サブロー、おやすみィ」
「おやすみ」

(誰かにおやすみと言って眠るのも、悪くない)

当たり前の言葉が、こんなにも穏やかだ。
それを教えてくれたのは、目の前にいる相棒で。
驚くほどに、それに自分が感化されているのも分かる。

(サブローが、いるなら)

ひどく安らいだ心のままで、クルルはふいと目を閉じた。




***
遅刻クルルの日、及びクックックの日記念。
おはようからおやすみまでな日々。

2013.9.9
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