(静戦後・擬人化)
消えかけて、はじめて。
どれだけ大切かが身にしみたんだと思う。
真夜中を少し過ぎたくらいだろうか。
明かりはつけていないけれど、窓から差し込む月の光で、視界はぼんやりとする。
「クルル」
もぞり、と小さく身じろぐサブローを腕の中に閉じ込めて、そのまま。
どれくらい長い間そうしていたんだろう。
戦場となった西澤家の砂漠から、家に帰って、怪我の手当てをして。
ありがと、と少しだけ笑った顔を見たらたまらなくなった。
そのまま、何も言わずにきつくきつく抱きしめたのだ。
「ちょっと、苦しいよ」
「……」
「ねぇ…」
クルルは何も言わない。
いや、思うことはたくさんあった。
伝えたいこともあるはずなのに。
(いることが当たり前だと思ってた)
一緒にいる時間が短い2人だけれど、きっとどのパートナーよりも深い絆がある。
クルル自身も、きっとサブローも、そういう思いはあったのだ。
(それが、なんで)
些細な言葉が、身を切られるように痛くて。
相手の心が分からぬことが、歯がゆくて。
挙句に、そのままでサブローは消えてしまいそうになった。
光に吸い込まれそうだった、サブローの姿を思い出す度に、あの瞬間がクルルの胸を締める。
ぞくりと冷たい何かが身を震わせる。
(いきなり、消えそうになった)
言いたいことはたくさんある。
溢れそうなくらいに、たくさん、あるのだ。
それが1つも出てこないのは、きっとなけなしのプライドのせい。
(情けない声に、なっちまいそうだ)
サブローはきっと、分かっているのだろうけど。
クルルの腕が、身体が、震えてしまっていることに。
ぱた、と小さい音がした。
「クルル、…泣いてるの?」
零れた雫が、サブローの頬に落ちる。
つ、と跡を残して滑り落ちるそれは、サブローが流したみたいに見えた。
泣きそうなのは分かってはいたけれど、いざ溢れてしまうと止まらない。
唇を噛んで、嗚咽がもれないようにするのは、意地だ。
「クルル」
「…ん」
噛んでいた唇に、優しい感触。
身を乗り出したサブローからの、柔らかなそれ。
触れたところから、冷え切っていた体にぬくもりが流れ込むような気がした。
あたたかい。
離れていくと同時に、細い指先がクルルの頬を撫でていった。
「ありがとう」
ふ、とほどけたようなサブローの笑顔。
たまらずに、クルルはその小さな体を押し倒した。
(あの時、分かったんだ)
(お前がいる)
(ここにいるだけで)
「サブロー」
やっと吐き出せた声は、みっともないくらい掠れていたけれど。
ぼろぼろと、雫は止まってはくれないけれど。
それでもかまわなかった。
ひくりと震える喉で息を吸い込む。
ただ何度も何度も、この世で一番大事な名前を、繰り返していたかった。
(俺は幸せだ)
***
静戦。
クルルも苦しかったよね。
2013.9.18