バリ、と大きな音。
珍しくもないけれど、大きく、鋭く響いたそれに、顔を上げた。
「おい」
「あぁ、何でもないよ」
離れたところに座った相棒が、にこりといつもと同じに笑う。
手元には、たった今彼の手によって裂かれた、白い紙。
何が書いてあるかは、見えない。
「ふーん…」
また、紙を裂く音がする。
彼の手が、ゆっくり動いて、ビリ、と音をたてる。
そういえば、と思った。
サブローが、そうやって紙を破る姿を見たことがない。
(なんだか)
いつもと変わらない、横顔。指先。
なのにどうしてか。
(気に入らない)
紙を破ろうと、くっと力の入った指先が、止まった。
「…どうしたの、クルル」
後ろから、彼の首元にぎゅうと腕を回す。
肩口に顔を埋めて、何も言わないまま。
「ねぇ」
それは、何でもない紙なのかもしれない。
ただの連絡だとか、チラシだとか、学校のプリントだとか、そんな可能性はたくさんある。
紙を捨てる行為は、珍しいことじゃない。
(でも)
もし、彼が裂くそれが、彼自身が描いたものだとしたら。
自分自身の言葉を、絵を、世界を、自ら引き裂いていたとしたら。
(嫌だと思う)
いつもと同じ顔をして。
いつもみたいに笑って。
決して、そんな風に見えないのが。
とても。
(いやだ)
「苦しいよ、クルル」
「…ん」
苦笑するサブローが、今どんな顔をしているのか、見えないけれど。
見えないことなんて、自分たちには関係のないことだということは、お互いによくわかっているから。
言葉に反して、さらに腕に力を込めた。
「あぁ、もう」
重心がこちらにかかる。
小さな肩から、力が抜けたのが分かった。
「ねぇクルル」
「ん?」
「…クルルの作ったカレーが食べたいな?」
「特別だぜェ〜」
「そうだね…」
細いため息と、ほんの少しの背中の震え。
気づくか、気づかないか。それでも、サブローにしては十分だと思う。
「やっぱり、ちょっと、…苦しい、よ」
「…そうかィ」
小さな声。
それが、本音だったらいいのに。
***
紙を破るサブローくんって、なんだかつらいと思って。
2016.06.12