(静戦で、クルルが間に合わなかったら、という話)
深い海によく似た、蒼の瞳。
泣き出しそうな、笑ったような、そんな眼差し。
光の中で、唯一見えたものだった。
「あ…?」
ふと気がつくと、砂の上に立っていた。
ぐるりと見渡して、ここが西澤家の敷地内の砂漠だと分かる。
不思議と直前の記憶がない。
ただ、急いだかのように、息が乱れていた。
(なんでここにいるんだっけか…?)
さくり、と砂を踏む。
何もない空間をふらふらと歩いていると、砂に埋もれた何かを見つけた。
「こいつは…」
持ち上げて砂を払うと、それはオレンジ色のスケッチブック。
表紙を見た瞬間、がくんと全身の力が抜けて、クルルはその場に座り込んだ。
(なんだこれ)
心に空いた、大きな空白。
虚無感。
何か、大切なものが手のひらから零れ落ちた、感覚。
「クルル殿」
ストンと軽い着地音と共に、背後から聞こえるのはドロロの声。
立ち上がれず、後ろも向けず、ただただスケッチブックの表紙を見つめたまま、クルルは声を絞り出した。
「ドロロ、センパイ」
「どうしたのでござるか、こんなところで…」
「…どうした、か」
目の前には、、何もない空間。
それがゾクリと背中を冷やした。
「どうしたんだろうなァ…」
何もない。誰もいない。
なのに、この寒々とした感覚は何なのだろう。
確かに、ここには何か大事なものがあったはずなのに。
(クルル)
どこかから、名前を呼ばれたような気がした。
*
小隊の皆には、パートナーと呼ぶ地球人がいる。
ケロロには冬樹がいて、ギロロには夏美がいて、タママには桃華がいて、ドロロには小雪がいる。
ならば、自分にもそういう人物がいなくてはならないはずだ。
「……」
日向家にて、いつものメンバーがわいわいと騒いでいるのを、クルルはソファにもたれかかってぼんやりと眺めていた。
空虚だ、と思う。
目の前の風景は、こんなにも楽しそうなのに。
いや、以前はそう思っていなかった気がするのだ。
「……」
あの砂漠の夜から一週間、いろんな可能性を考えた。
自分のパートナーはモアなのだろうか、それとも秋か。
何度考えても違うと感じてしまう。
なぜだか、そうではないと心が決め付けているような。
「……」
思えば、自分の記憶もなんだかおかしい。
地球にきてすぐの頃だとか、小隊と合流した時だとか、これまでの地球での日々だとか。
何かが足りない。誰かがいない。
記憶の中にぽっかりと空いた誰かの影が、どうしても思い出せなくて。
「どうしたでありますか、クルル」
いつの間にか隣にいたケロロの顔を見返した。
普段はぼんくらと称される彼だけれど、時々妙に聡い時がある。
「なぁ隊長、俺のパートナーって誰だと思う?」
「ゲロ?クルルのパートナー…でありますか」
考えるように視線を天井へと向けるケロロ。
でも何も浮かばないのか、うーんと唸るばかりだ。
「…いや、もういい」
「え?ちょっと、クルルー」
ゆるゆると立ち上がって、クルルはリビングを出た。
目の前のあたたかな風景を見ているのが、少しだけ、辛かった。
***
長くなりそうなので、ここまで。
続きます。
2013.9.30