(2人で旅に出てすぐの頃)
どうやら僕は、感情が欠落している。
…らしい。
「??」
「…その顔。どういうことか分かってねェな」
「はい」
素直に頷くと、志々雄は心底呆れた、という顔をした。
感情が欠落するとは、どういうことか。
感情とは、何か。
欠落とは、何か。
(うーん)
まだあの家にいた時は、少しでも痛みから逃れるために、笑顔でいようと努めた。
笑ってさえいれば、と思っていた。
あの時、感情はあったのだろうか。
「お前の中に、怒りや哀しみがあるのか、って話だ」
「えっと」
怒りって何だろう。哀しみって何だろう。
最後に感情で心を揺さぶられたのはいつだろう。
変わってしまったのはいつだろう。
(僕が変わったのは)
脳裏にちらつく雨の音。
寒い季節でもないのに、ひやりとした感覚が甦る。
あのとき、どんな気持ちだった?
何を思った?
何を感じていた?
(あれ、あれれ)
ぴきり、といつもの微笑みが、微かに歪んだ。
「止めだ」
言葉と同時に、ぐしゃりと乱暴に頭を押さえる手。
は、と我に返った。
「お前は考えるな。考えなくていい」
「…分かりました」
考えるなと言われるのだから、あっさり思考を放棄する。
すると途端に、いつものようにニコニコ笑えた。
「僕、志々雄さんについていきます。志々雄さんの次に強くなります。今はそれだけでいいや」
「そうか」
「はい」
弱肉強食の世界で、生きていける強さがあればいい。
彼の命令を、正しくこなせればいい。
生きていくには、それだけで充分だから。
「僕は、強くなれるかな?」
「…なれるさ」
人より高い熱を灯した手のひらが、もう一度、髪を撫でていった。
***
宗ちゃん好きだよ宗ちゃん。
2015.11.15