ラム・フリップの首枷


 
 玄関で待機してから二時間は経っただろうか。
 冷える体にブランケットを抱きしめる。空腹がきゅうっと鳴いた。膝が痛い。
 朝に告げられた時刻を過ぎているのだから、今にも帰ってくるかもしれない。
 そのときに「いいこでおるすばん」できていないのはいやだ。
 静寂の中で、リビングの時計の音が聞こえてくるようだった。耳を澄ましていると、外から足音が近づいてきた。
 開くドアに笑顔を向ける。
「おかえりなさい」
「ただいまッス。ごめんね、撮影が長引いちゃって」
 ちっとも悪いと思ってなさそうな爽やかな笑顔。よかった、上機嫌だ。
 いいこ、と頭を撫でられるおまけ付き。

 涼太の上着を預かってそれをハンガーにかけた。
 促されて、ブランケットを抱いて膝歩きのままリビングに入る。
 食卓には二人分の料理が並んでいたが、この時間だ。「食べてきたんだよね」と言われるのはわかっていた。だからって作らないわけにもいかず、残飯は明日の私のごはんになる。
「おいで」
 料理を軽く温め直し、涼太は食卓の椅子を横向けて座って、正面の床に私を促した。
 にじりよって、「おすわり」すると、また頭を撫でられる。
 ハッシュドポテトを掬ったスプーンが口に近づき、降ってきた「あーん」と共に口を開ける。迎えたそれを舌で舐めとって解放するのを繰り返す。
 一口一口世話をされながら、涼太を盗み見ると満足そうな笑みだった。
 冷えたボタージュスープ、デリバリーのアヒージョ。
 バケットを浸したりもしたが、最後に皿に残った分は指で掬い、それを差し出されたので同じように口に含む。
 このひとは爪の形まで美しいからすごい。きらきらと明るい宝石のような色彩の、神様の至宝みたいな男だ。

「残さず食べれたね。偉い偉い」
 左手で頭を撫でられたので、舌で愛でていた右の人差し指を解放する。餌の時間は終わりだ。
 涼太はどうやら褒めて伸ばす方針らしい。悪い気はしないけれど、それが正常な感性を手放したせいなのかどうかはわからない。
 彼はデリバリーについてきた小分けのウェットティッシュで指を拭き、立ち上がる。

「風呂沸いてるよね? 真珠の体洗ってあげたいけど、俺今日は疲れてんだよね。シャワーだけ浴びるから」
 コクコクと頷く。体を洗ってもらうのは本当に心が休まらないのだ。
 どちらにせよ涼太が帰ってくる前に一度入浴を済ませているので清潔だ。
 昼間一人の時間にこのごっこ遊びの調整をしている。
 服は全て燃やされているので、制限はあるが。

 涼太は自分の入浴準備をしてから、私を手招いた。
 ズボンの革ベルト外して、私の首に首輪のように巻いて留める。それを、ベットから伸びる長い鎖に繋ぐ。
 放し飼いの時間は終了らしい。
 彼の持ち物を本来とは別の用途で使うことは、背徳感で言えば専用の首輪を買ってもらうことにも劣らない。

 涼太を風呂に見送ってから、床に座ったまま、本棚から涼太が載っている雑誌を出して、インタビュー記事を読む。
 もう何度読んだかわからなくて、ほとんど覚えてしまっている。
 高いテンションで明るく印象良く受け答えする紙面上のひとが、ほんとうに彼と同一人物なのか何度でも疑ってしまう。
 どっちも好きだから、手に負えない。

「あ! またそれ読んでたんスか。真珠のお気に入りッスねー」
「うん」

 お風呂上がりの涼太はホカホカと湯気をまとい、裸の上半身が眩しい。半乾きの髪を肩のタオルが受け止めている。立場が逆なら髪を乾かしてあげたいのだけど、手入れに気を使っているからどちらにせよ無理かもしれない。
 冷蔵庫からマンゴーのワインカクテルを一本出して開け、グラス一杯分注いで飲む。
 髪や肌の手入れを終えてからまた戻ってきた。

「真珠も飲む?」

 中身を注いだグラスを差し出され、頷く。そもそも断る理由など思いつかないのだが。
 唇に触れるくらい傍に持って来られて、口を開けると一気に流し込まれた。
 甘くて冷たい。咽そうになりながらもなんとか最後に喉を鳴らすと、アルコールが脳に届いてくらくらした。私があまり強くないのをわかっていて、涼太は愉快そうに遊ぶ。
 甘ったるさが残った口の中には、やがて似た味の舌が入ってきた。平熱より高い吐息もすっかり酔っている。お揃いとの差分で、涼太の唾液の味がわかる。甘い。甘い。
 片手で私の後頭部を支えたまま、からだの距離が近づく。抱いていた毛布をずらされて、涼太の左手が私の胸をまさぐる。
 毛布を離すと寒くてしかたなかったはずなのに、酒が回ったのか、熱っぽかった。
 首は太いベルトで塞がれているから、痕がつくほどキスを落としてもらえない。
 その代わりといわんばかりに胸の先が口に含まれ、吸われ、舌で弄ばれる。
 太腿を撫でてから、閉じていた脚を開くようにぐっと引き寄せる。
 秘部に触れ、湿っていることを確認すると愛液を撫でつけるように表面を弄んで、芽に触れ、指を挿れて内部を探って、満足げな笑みを浮かべた。


 *
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 喉が嗄れた。

「おいで、一緒に寝よ」 

 涼太がベッドに私を招いたので、今日も床で寝なくていいらしい。
 抱きしめられる。肌と肌が触れて気持ちいい。
 満ち足りたような吐息に応えるように、至福を感じて目を閉じた。



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