草刈り姫1.



「あ、あのっ」

昼休みのグラウンドで、篠岡千代は上ずった女の子の声に振り向いた。
するとそこに立っていたのは、見ず知らずの女子生徒だった。
千代と同じように軍手をして、麦藁帽子を手に持って俯く。重い前髪のせいで表情は隠れてしまっている。
言うまでもなく、軍手に麦藁帽子は昼休みの女子高生にふさわしい格好ではない。
園芸部でもなければ、と言いたいところだが、あいにく此処は園芸部の活動範囲ではない。

マネージャーの千代は愛する野球部のために、
こうして毎日昼休み返上で、なんだこれ修行か と思うようなグラウンドの草刈りに黙々と励んでいるのだが、
この子は一体どうしたんだろう?

首を傾げながら、千代はその女の子に目線を合わせ、どうしたの? と聞いた。
小さい子に話しかけるような口調になったのは無意識だった。
女の子は、自分から声を掛けたというのに、それだけでもう涙目になっているようだった。
俯いたままスカートの裾を握った手が震えている。
呻くような声にならない声は、背番号一番を背負う少年をデジャブさせた。
けれど、必死に顔を上げようとしているのがわかった。
千代はそれが微笑ましく思えて、きちんと言葉が発せられるのを待っていた。
見守るような態度に安心したのか、ようやく女の子が口を開いた。

「あのっ、今から草刈りをするんですよ、ね」
「そうだよー。よく知ってるね」
「わ、わたしに手伝わせてください」

え? と驚くと、ひたすら悪い意味に捉えてしまったらしく、女の子の顔に後悔が滲んだ。
千代はそれを宥めようとして、落ち着いて理由を尋ねた。
すると、迷いあぐねた挙句に、途切れ途切れで語られた。
それは全力で耳を傾けなければ聞き取れないほど小さな声で、しかも先に進むほど早口になっていった。

「わたし、野球部を応援したいんです。
今年から硬球になって、甲子園目指してるって聞いて、すごく練習してるの知ってて、何かできないかなって思って、
でも、わたし、野球のことはわかんないし、とろいし、鈍くさいし、気も利かないし、社交性ないから、マネジとかは絶対無理で……」

そこでついに声は途切れて、女の子は俯いた。
どうやら自己嫌悪に陥っているようだ。
千代がどう言葉をかけるべきか困ってしまうと、しばらくして我に返ったようで、再び言葉が紡がれた。

「……だ、だから、篠岡さんのこと尊敬します。
マネージャーひとりで練習のときだけでも大変なのにこういう仕事もしてて、
大変だなって思って、わたしきっとこれくらいならできるから、きっと、これなら役に立てると思うんです。
これくらいしかできないけど、だから……

手伝わせてください、という消え入りそうな声を、千代は抱きしめた。
辛抱強く聞いてやれば、懸命さが伝わってきて、いとしくなる。

「ありがとうっ」

慣れればそれほど苦行ではないが、さみしいかどうかと聞かれればさみしいし、
疲れの溜まっている身体にはつらい作業だったりする。
データを纏めていたせいで、昨日も夜は遅かった。
監督も部員のみんなもそれぞれ頑張ってるからと、自分を頑張らせていたのだ。
やめたいとは思わないけど、疲れているときほど人の優しさが身に沁みる。その気持ちが嬉しかった。
一人よりは二人のほうがいいに決まってる。

嬉しい、ありがとう、と繰り返すと、その子はやっと喜んでもらったとわかったらしい。
風が吹いて長い前髪をどかしたその笑顔は花が咲いたようで、ぜんぜん印象が違った。

まずは名前を聞かなくちゃね。


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