「そうか、君がゼロか……」
スザクが険しい顔でルルーシュに銃を向ける。
すぐに撃たないだけの感傷はあるようだ。
転びそうになりながら駈け出して、二人の間に割って入る。
両手を広げてルルーシュを背に庇い、スザクへと向き合った。
「スザクくんやめて。こんなのおかしいよ」
「どくんだ、レナ。君もルルーシュに騙されていたんだよ」
私はルルーシュになら騙されてもいい。
たとえばルルーシュが私を完全に信頼はしてなくて、隠していることがあって、利用されているのだとしても。
騙していたというなら私もスザクを騙しているのだが、今それを明かしてもさらに激高させるだけだ。
「でも……それでも! こんなのはおかしいよ……」
演技ばかりでなく声が震えるのは差し迫った死の予感からだ。
銃を向けられても立っていられるのは、撃たれないと思っているからじゃない。
ユフィをゼロに殺されたスザクの憎しみは深く、私という存在を突き抜けてルルーシュに向けられている。
防ぐべき事件を防げなかった。一周目とは違う不確定要素に振り回された。
ルルーシュをこんな状況にまで追い込んだ自分の無能さに吐き気がする。
それでも、今ならまだ、盾の価値はある。
「それでも、殺さないで」
「君ごと撃ちたくないんだ」
「撃つなら撃てばいいよ」
せめてここは一歩も引きたくない。
スザクがルルーシュを撃って、それでもルルーシュが生きているはずだなんて楽観できないのだ。
時間だけでも稼げればいい。こうしているあいだにルルーシュは次の策を考えられただろうか?
生き延びてほしい。ナナリーのためでもいいから、ナナリーと一緒に生きて。
「レナ、ありがとう」
背後から甘やかな声がした。
それはロロが最期にかけられた声色に似ている。
(俺のために死んでくれ)
耳元で囁かれた声に頷く。
――イエス、ユア、マジェスティ。
二声の銃発が響く。避けることもしない。
一瞬の後、濁った鋭い痛みが腹を燃やした。
苦悶に呻いて、蹲る。
目の前がぐらぐらと揺れ、倒れた。
*
*
*
目が覚めると、びっしょり汗をかいていた。
息を止めていたらしい。
荒い呼吸を繰り返し、自分がベッドの中にいると認識して、ようやく夢を見ていたのだとわかる。
ただの夢にしては光景は鮮やかで五感は生々しく、痛みも強烈だった。
この世界に戻ってきてから、――ルルーシュが私をこの世界に呼び戻してくれてから、たまにこんなふうに鮮やかな悪夢を見る。
何度も何度も、自分の死を体験したり、ルルーシュの最期を見届けている。
ただの無知なクラスメートとして終わる夢。
すべてを明かしても信頼を得られない夢。
蚊帳の外で、何も出来ない夢。
自らの無力さに喘ぐ夢。
行動が裏目に出る夢。
不確定要素に振り回される夢。
ルルーシュを守りきれない夢。
そして、今日。
1期のカレンの代役になったような立ち位置だった。
どうして今になってなお、あんな夢を見るんだろう?
あんなことが起きる可能性は何年も前に断ち切れているのに。
無力さを忘れないようにっていう自戒?
いつでも身を投げ出せるようでありたいっていう願望?
あんなにわかりやすく、ルルーシュのために命を使えたら幸せだろうなぁ……。
恍惚と息を吐く。
ベッドについた手が、別の体温に触れてドキッとする。
隣に愛しさが眠っているのだ。
少し前までは尽くす幸せしか知らなかったけれど、こうして手に入れてしまった今の幸せがあるから、
あんな運命を辿らなくてよかったと心から思える。
いつだって「幸せ?」と問えば、本心で「ああ」と微笑んでくれるルルーシュの傍で、私も私の新しい幸せを知ったのだ。
あんな夢を見た後だから、寝顔を少しだけ見たくなって、
背中を向いて眠っているルルーシュをそっと覗きこむと、ちょうど身じろぎしたところで、呻くような声が聞こえた。
覗きこんだ寝顔は眉間に皺が寄ってすごく息苦しそうだ。魘されている。
ルルーシュを苦しめるものは悪夢だろうとなんだろうと取り除きたい。
外はまだ暗く、普段政務で疲れの溜まっているルルーシュの睡眠を邪魔したくないけど、苦しそうで見ていられなくて、心を鬼にして揺り起こした。
「ルルーシュ、ルルーシュ、ルルーシュ……」
「――玲奈か」
ぼんやり私を見て、ほっと安心したように息をつく。
安心を与えることができている。心を委ねてくれている。
そのことが、胸がぎゅうっとなるくらい嬉しい。
「ちゃんと、髪が黒いな……」
ゆるやかに髪に触れられる。
同じ黒でもルルーシュの艷やかな濡羽色と違って、日本人にありがちなただの黒だ。
借り物のレナ・ファルトンの体でなくて、古戸玲奈としてこの世界に来たままの色。
ルルーシュが世界を越えてまで私を迎えにきてくれた証。
「昔の私が夢に出てきた?」
「夢、か……。夢だな。昔のお前というか、お前であってお前じゃない存在だ」
「悪い夢だったんでしょう?」
「俺のためにお前が死ぬ夢だった」
「それは……」
私にとっては望み通りなのだから、別に悪い夢じゃないんじゃない?と思ったけど、
ルルーシュにとっては目の前で喪うのだから苦々しいか。
現在とのギャップで余計に悪夢が悪夢らしく感じるのは同じだし、逆の立場だと思えば理解できる。
「疲れが溜まってるのか、ここのところそんな夢ばかりだ。
ナナリーを守れなかった。大事な誰かが死んだ。失敗して殺された。お前を信じきれなくて排除した。利用するだけして捨てた。お前のいるべき場所にお前じゃない誰かがいた。自害するほど苦しませた。
どれもこれも、本当にあったような生々しさで……罪に呪われているんだろうな」
思いつめた自嘲。精神的に相当参っているようだ。
ただでさえ彼には罪として背負っている一周目の世界があるのに。
「私も、同じ。同じ夢かはわからないけど、何度も失敗して、何度も守れなくて、何度も死んで……。
命をルルーシュのために使えたならまだいいよ。何も出来ないほうが苦しかった」
「お前も悪夢を? 偶然――にしては」
「私のは連日ってわけじゃなくて、こっちに戻ってきてからたまに……月に1回くらいかな。頻度はむしろ減ってると思う」
「まさか、無意識集合体の影響がまだ終わってないのか」
ルルーシュにとっての”明日”を迎えたことで、
無意識集合体にかけたギアスの効果は切れたと思っていたけど、その呪いは解けていないのだろうか。
こんなふうに何度も何度も――。どうしてこんな夢を見るのか……。
「もしかしたら、この世界は単に二周目じゃないのかもしれないね。
ルルーシュが”明日"に辿り着かなかった、失敗の世界があったのかも。いくつかの試行の中で偶然成功に辿り着いた結果が、今だとしたら」
反逆に加担している間、全力で全身全霊を尽くして未来を切り開いていたつもりだったけど、それでも危うい場面はいくつもあった。
何か一つでも違ったら破綻していたかもしれない。
「たまに考えるの。私達の出会いがあのタイミングじゃなかったら、こうはなっていなかった。
ルルーシュが過去をやり直すとして、どこを出発点にするかで大きく違う。
それにおまけとして私がいて、初めて会ったときルルーシュがレナ・ファルトンの存在を違和感なく受け入れられる世界だったら、ルルーシュが私に秘密を明かしてくれなかったら、仕付け糸が私じゃなかったら……。きっとたくさんのことが違っていた」
信頼を得ることができなかったら。選んだ手段が一つでも違っていたら。思うように事が運ばなかったら。
IF・もしもの条件分岐はいくらでもあった。
「そうだとして、私にとって、今が奇跡みたいだってことに変わりはないけど……。悪夢は困るよね。レナ・ファルトンが解体されて古戸玲奈が来たことで、複数の世界が混線してるのかな。私のほうは頻度も減ってるから、そのうち終わると思うけど。ルルーシュは……」
「いや、大丈夫だ。原因がわかって、それが今後に影響を及ぼすものじゃないなら、そのままでいい」
心配になるけど、どちらにせよふとしたきっかけで何らかの悪夢を見てしまうのには変わりないのかもしれない。
その心を癒やしたいと思っても、傷も罪も消えることはなく、彼が生涯負う覚悟をしているものだ。
せめて覚えていたい。暗い夜でもそばにいて、寄り添って、知っていたい。
明るい光の下で、笑っていてほしい。
「愚かな俺がお前に何をするのか、知っておきたいんだ。もう失わないために……。
玲奈。明日を迎えたのがお前のいる世界でよかった」
ルルーシュは微笑む。
尊い今日の象徴が、差し込んだ朝日に照らされた。
私が選んで、あなたが選んで、ここにいる。今日がある。