屋上

「ねえ雷蔵。俺はかつて、雷蔵になりたいと思っていたよ」

三郎が高らかに告げると、雷蔵は顔を曇らせた。

「……母さんに引き取られたかった?」

同じ顔をしているのに、三郎はときどきぞっとするような表情を作る。
そんなとき、育った環境の違いを思い知らされて罪悪感に似たものがこみ上げてくる。
けれど三郎は、それをあっさりと否定した。

「まさか。前に言わなかったかな。俺の代わりに雷蔵があいつに引き取られたことを思うと吐き気…いや、寒気がする って」
「……言われた、かな?」
「だからそうじゃなくて、もしも最初から雷蔵と同じで在れたなら、今度は何も偽らず生きていけると思ったのさ」
「なにそれ」

三郎はこうしてときどきわけのわからないことを言う。
自由奔放に生きているように見えるというのに、何かを偽っていたのだろうか?
"かつて"というのがいつなのか、雷蔵は知らなかった。

「"私"が雷蔵なら、これ以上強い結びつきはないだろう。
偽る必要もなければ、離れることも死に別れることもない」
「そう、かもしれないけど……」

三郎が雷蔵だったら、雷蔵が三郎だったら……。
考えてみてから、顔を歪めた。
ふたりがひとりだったら、こうして向かい合うこともない。

「やめてよ。そんなことしたら僕が三郎に出会えないじゃないか」

僕は"鉢屋三郎"がいてくれないと困るんだ、と雷蔵は真顔で言った。

「……そうだな、冷静に考えればたしかにそうなんだよ。なにせ死に際だったから、血迷っていたんだ。本当はどんな姿でもお前は受け入れてくれるから、"私"はどんな姿でも雷蔵に出会わせてほしいと願えばよかった」

三郎は自分の手をじっと見つめてから、ふたたび雷蔵の眼を見つめ、微笑んだ。

「けれど、その願いは得てして二つとも叶えられたわけだ」



*
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「なあ、『この世界』には自分に似ている人が三人いるという。そのうちの一人に出会えるのはどんな確率だと思う? そうじゃなくとも、私たちは同じ世界に同じ時代に同じ両親の元に血を分けて生れ落ちた。一度別たれても、再び出会った。この偶然を奇跡と呼ばずになんと呼ぼうか」

どこまでも本気に見える、雷蔵に瓜二つの顔で三郎は笑った。

「僕も……三郎と同じ学校になったことは凄いことだと思う」

言い方が曖昧になってしまったのは、やけに気障なことをいう三郎に戸惑っていたからである。

「三郎って意外にロマンチストだね。今日は一体どうしたの?」
「わかんないかな、魂から愛を語っているつもりなんだが」
「は?」
「愛しているよ、雷蔵」

ぽかんと口を開けて呆気にとられている雷蔵を見て、三郎の笑みはますます深くなった。
雷蔵の顔は青くなり、それからだんだん赤くなる。
ああ、困っている、迷っている。

「なーんてね」

三郎は、悪戯っ子のように目を光らせて、種明かしのように言った。
からかわれた! と気づいた雷蔵は、「バカ!」と怒った。
今はそれで十分だと三郎は思う。
――運命を語れば、君は信じるだろうか。


*
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「…… 一瞬だけ本気にしたじゃないか」

雷蔵のその小さな呟きを、三郎は聞き零してしまった。


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